1 入村

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〈もしもし? 山石井さんねぇ、忌引休暇取ってる。何でも、お爺さんに不幸があったらしくて急に里に帰ったって。ホワイトボードには三日後帰京とは書いてあるけど……〉 テレビマンともなれば、親の死に目に遭うことや、葬儀には行けないと思え。ぼくは昔からこうプロデューサーやディレクターに言われてきた。 ぼくは山石井がとある部下のADに同じことを言って仕事を優先させている現場を見たことがある。そのADは母が危篤だと聞いても山石井によって編集作業を優先させられていた。山石井は「お前のお袋の死に目なんか知るか! OAは待ってくれないんだぞ! お前が一所懸命仕事した方がお袋も草葉の影で喜ぶ!」などと意味不明なことを宣っていた。結局、そのADが開放されたのは映像編集が終わり、OAが終わった後であった。死に目に遭えなかったのは勿論、通夜にも葬式にも出ることが出来なかったと言う…… 部下にそう言っておきながら自分は祖父の死を悼むために仕事を放り出している。山石井の祖父を悼む気持ちが無い訳ではないが、不条理さを感じるのはぼくだけだろうか。 山石井だが、同じように祖父が亡くなったADに対しては「テメェのジジイがくたばろうと知ったことか! お前は仕事をしろ!」と、忌引休暇を許していない。 こうしたダブルスタンダードな現場を何度も見たことがあるが、ぼくはフリーランスの外様故に文句を言うことは出来ない。その子の分まで仕事をするから忌引休暇を許してやってくれと言えないぼくは臆病者だ。 〈マジっすか。三日は帰って来ませんね。わっかりました、こちらは村のロケハン続けます〉 〈はいはーい。あたしの方から山石井さんにメールで報告しとくねー〉 〈助かります〉 〈そうだそうだ。この村の子の履歴書ってどうした?〉 この村の所在地が書かれた履歴書のことだろうか。そう言えば、この涼風村を調べる時のドサクサで履歴書をシュレッダーにかけることを忘れていたな…… どこに置いたっけかな? ぼくは進捗状況を記録するメモ帳をペラペラと捲った、すると、最後のページの開きに履歴書が挟まっていることに気がついた。(くだん)の履歴書である。 〈すいません。村調べてる時のドサクサでぼくのメモ帳に挟んじゃいました〉 〈ああ、そうなの? もう飛んだ子の履歴書だから処分して貰いたいんだけどね…… 折角だから、その子に直接手渡しで返しておいてもらえない?〉
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