おわりに

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「ぼくにはなんとも言えないんですけど…… 父親が自分の子供を殺すなんて考えられませんよ」 その瞬間、ぼくの頭の中に秋元村長と交わした話の内容が過ってきた。 「先代の芯次郎(しんじろう)の剥製作りのウデは見事だった」 「仲根の家は剥製師を継ぐ子供に『芯』の漢字をつけるんだ。ほら、剥製は動物の形をした芯に(なめ)し革を覆って作るものだろう? いくら上手く毛皮を(なめ)したところで、芯の形がしっかりとしてなければ生前の姿とは乖離したものになるではないか。それは生命への冒涜となるでな、とりわけ芯作りには拘りを持っているわけですよ」 これはあくまでぼくの推測だが…… 芯弥は村を出る前に出来た自分の子である芯太少年のことを知らなかったのではないだろうか。母親は一人で芯太少年を生むも世話が出来る筈もなく、泣く泣く母親としての義務を放棄したのかは分からないが、小鳩森愛育園に預けたのだろう。芯太と言う名前は芯弥の『稼業』を知っている意味でも、父親との繋がりと言う意味のシングルミーニングかダブルミーニング的な意味でつけていてもおかしくはない。父親の芯次郎の元にいなかったことを考えると「違った意味」があるかもしれないが、現状ではこの可能性が一番あり得ることだ。 そして、芯弥は「稼業を終わりにする」とは言っていたが、秋元村長は明らかに「剥製師」を求めているようなことを言っていた。 「それと、芯弥くん? 折角村に帰ってきたのだから『お仕事』を継ぐ覚悟をして帰ってきたと思ったのに、やることは『掃除』と『おかしくなった親父』のお世話のみ。これはこれで助かるんだけど、我々としては剥製作りをして貰いたいんだけどねえ?」 「イヤだ! 俺はこの稼業なんか継ぎたくない!」 「東京から出戻ってきたのだから、稼業を継ぐのが当然でしょう? 考えてみなさい、君がここに帰ってきてからの何不自由ない暮らしや、君が今着てる服だって『稼業』のお陰なんだよ? 覚悟を決めなさい?」 例え芯弥が稼業を継がなかったとしても、その血を引く跡継ぎの芯太少年は存在する。あのおかしくなった芯次郎を見る限りではどうするのかは見当もつかないが、孫に伝授するという形で稼業を続けさせるに違いない。それを止めるためには、その血を断つしかない。 そして選んだ手段が「父親」として許されざる行為に及んだとするならば…… ぼくだってバカバカしい想像をしているとは思う。だが、稼業を自分の代で終わらせるためには、息子はいてはならないもの。おそらくは五年前に涼風村に里帰りをした時に自分と同じ「芯」の名を持つ芯太少年を見て「身に覚え」があり、自分の子だと察したのだろう。里帰りの理由は分からない、恐らくは望郷の念かもしれない。そして、自分の「剥製師」としての人生は「人間剥製師」としての人生も紙一重、自分の息子に同じ道を歩ませたくないとして許されざる道を選んだのかもしれない。そうでもなければ、自分の息子に手をかけるなどと言う恐ろしいことが出来ようものか。その後はまた東京へと帰り、ダイダロス映像でAD業務を続けていたことになる。
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