ハイパーミステリーツアー特盛

1/9
前へ
/9ページ
次へ
キッコちゃんの??才の誕生日のために • • •      ハイパーミステリーツアー特盛 国際周遊観光有限会社 名前だけを聞けばとても立派な会社のように思えるが、実は観光バスを二台所有しているだけの小さい観光バス会社で、営業内容は日帰りバスツアー専門である。 名前に国際とうたってはいるがインターナショナルな部分はこれっぽっちもなく、会社名の〔国際〕はハッタリ以外のなにものでもない。 ウィークデーはなかなか最低募集人数も集まらず、企画したツアーの半分はお流れとなってしまう。 土日祝日はなんとかお客さんが集まるが、それでも満席とは程遠い状態で、会社もバスもやっと運行している始末である。 私、水原涼子25才独身。 彼氏なし、お金なし、おまけに希望なし。 これが今の私の全てである。 これでも中堅の商社の事務職に就いている。 しかしもともと出たがり目立ちたがりの性格の私には、事務職は苦痛以外のなにものでもなかった。 人前にでるような仕事がしたい。 直接お客さんと接するような仕事がしたい。 出来ればみんなから注目を浴びたい。 そんな思いは常に私の中に居続けていた。 四月中旬。 その日、私は寝坊した。 それが何もかものつまづきの始まりだった。 目が覚めて目覚まし時計を見たら、会社が始まる10分前だった。 普段なら少し余裕があり、トーストを噛じりながらテレビで今日の運勢を見るのだが、勿論こんな日はそんなどころではない。しかし、こんな日だからこそ見るべきだったのかもしれない。 きっと『行動は慎重に』という忠告があったに違いない。 それからの私は速かった。パジャマ姿の状態から全ての仕度を終えマンションのドアを飛び出すまでの記録は4分13秒。オリンピックにこの競技があったなら日本代表に選ばれるかもしれない。しかし、ここでどんなに高記録をだしても、それによって遅刻が許されるわけもなく、私は表通りを走りながらあれこれと頭の中で言い訳を考えていた。 とにかく会社に連絡を入れなくては。 そう思いバッグからスマホを取り出し、立ち止まった場所が悪かった。 国際周遊観光有限会社 この道は駅への行き帰りで毎日のように通るので、ここに観光会社があるのは知っていた。二階建ての小さなビルにその看板は掲げられていて、そのビルの隣にある空き地には観光バスがよく停まっている。だがこの日はいつもとちょっと違っていた。 ビルの入り口にあたる自動ドアに張り紙が張ってあり、そこにはこう書かれていた。    『 緊急告知       一日バスガイド募集       年齢35才まで         経験不問   』 えっ?一日バスガイドって何? 一日店長や一日警察署長は聞いたことがあるけど、しかし一日バスガイドって • • • ? 冷静な人間ならまず食いつく事はない張り紙だろう。 だけどこの日の私はどうかしていたのだ。魔が差したとはこのことだろう。 私の好奇心は一日バスガイドという意味不明な誘惑に揺れていた。 そしてこの時、遅刻という現実から逃避したいという気持ちも多少は作用していたのかもしれない。 体験入学みたいなものかな? 私は恐る恐るドアに近付き中を覗き込んだ。 中にはカウンターのような物とベンチ型の椅子があり、多分そこが受付と待合室なのだろう。 そのカウンターの内側に中年の恰幅のいい男性が座っていた。 その男性は覗き込む私に気付くと立ち上がり、満面の笑みを浮かべながら早足でこちらに向かって来た。 そして中から自動ドアを開けるなり、 「どうぞどうぞ、遠慮なく入ってください。 あーよかった。ギリギリで間に合った。とにかく奥へ」 そうまくし立てるように言う。 いや、何がよかったのか、何が間に合ったのかさっぱり分からない。 「さっ、早く中に。あまり時間がないんで • • • 」 そう言って体格に似合わない素早さで私の後ろに回ると、背中を押すようにして私を中に押し入れ始めた。 「ち、ちょっと待ってください、私は何も • • • 」 首だけ後ろを振り返る形で訴えたが、 「大丈夫、大丈夫、怖くないから」 その中年男はそう言いながら、なおも私を中へと押し込む。もうじゅうぶん怖いし。 結局私は受付カウンターの前にある椅子の一つに座らされた。 「ちょっとなんですか!私はこれから会社に行かなくっちゃ • • • 」 しかし中年男には私の声は届かないらしい。 「お嬢さん、乗り物酔いはしますか?」 「いえ、乗り物酔いとかは全くしませんけど」 「はい、合格!」 えっ?合格って簡単極まりないじゃない。 彼は裏に向かって、 「中里君〜!中里君〜!」 と大声で叫び出した。 程なくしてカウンターの中にあるドアが開き、 「はい」 と低い声で応えながら、中里と呼ばれた男が入って来て • • • うわっ!里中さん、メチャいい男! って言うか、私の理想をそのまま具現化した感じ。まさに、どストライク。この球は打たねば! 年齢は多分四十前後、私は断然年上好みだし、その落ち着いた感じと渋い雰囲気がなんとも言えない。バスの運転手さんらしいが、その制服姿が凛々しくて、『はい』と言った声もステキで • • • やだ、寒気してきた。男見て寒気したの初めて。 「あっ、中里君。こちらのお嬢さんのサイズに合うガイドの制服あるよね。持ってきてくれないかな」  「では、こちらが今日のガイドを務めていただける方なんですね?」 そう言って私を見た。 いや、見ないで!あぁ、あなたに見られるとハートがキュンキュンして死んでしまうという、あの伝説の『キュン死に』しそう。 「運転手を務める中里です。分からない事があれば僕がその都度アドバイスしますので安心してください。よろしくお願いします」 「はい」 私は少し上ずった声で返事をした。 だって、この人から何かを言われたら、全ての返事は『はい』しかないでしょ。 だが、この『はい』は実は決定的な『はい』だった。この『はい』により、私はこのバス会社の一日バスガイドをするという事が確定したのである。 中里さんはさっき入ってきたドアから出ていった。多分バスガイドの制服を取りに行ったのだろう。私はそのドアをいつまでも見ていた。 「申し遅れましたが、私はこういう者です」 その声にフッと我に帰ると、最初の中年男が私に名刺を差し出していた。 そうか、こいつもいたんだ。すっかり忘れてた。 名刺にはこう書かれていた。 『国際周遊観光有限会社        代表取締役社長     板井一成   』 「イタイひとなり?」 「かずなりです」 彼は強めに訂正した。 「ところでお嬢さん、お名前は?」 「私、水原涼子といいます」 彼は名刺サイズの紙を取り出し、そこに私の名前を書き始めた。 「『りょうこ』はどんな字?」 「涼しい子ですけど • • • 」 「涼しい子と、はいじゃあこれ」 そう言って、その名刺サイズの紙をちょうど同じサイズの薄い透明なプラスチックの入れ物に収め私によこした。そのプラスチックの入れ物には安全ピンが付いている。 見ると、 『 バスガイド     水原涼子 』 と書かれていた。 「それを胸の辺りに付けておいてくださいね。いやしかし本当に助かりましたよ。今日の企画は我社の社運を賭けた画期的な企画だったんですが、予定のガイドさんが今朝になって急に休むって連絡があって、もう一台のバスは出発しちゃった後だし、予備のガイドさんなんかいないし、パンフレットにはバスガイド同乗って明記しちゃってるしで、最悪私が女装しなきゃいけないかと本気で考えていたところだったんですよ」 名前通り、イタイ人だわ。 「それで藁をも掴むつもりであの張り紙を貼ったんですけど、まさか引っ掛かる人が • • • じゃなくって、来ていただける方がいらっしゃるとは」 私はもう一日バスガイドという決定事項を受け入れるしかないらしい。 「出発は何時なんですか?」 「10時半です。10時頃にはお客様もお見えになると思いますよ」 「出発が10時半とは、ツアーとしてはずいぶんと遅いですね」 「そうなんです。今日のツアーはミステリーツアーなんですよ」 「ミステリーツアー?」 「おっ、ミステリーツアーをご存じない?ミステリーツアーというのはですね、お客様に事前に行き先を教えないツアーの事ですよ。だからお客様はどこに行くんだろう、次はどこに行くんだろうと最後まで興味が尽きないツアーなんです」 いや、ミステリーツアーが何なのかは知っている。私が『?』したのは、なんで今更ミステリーツアーが社運を賭けた画期的な企画なのかだ。 「ツアー名は何というんですか?4月だから『春のミステリーツアー』とか?」 「それじゃダメですよ。そんなツアー名はどこのツアー会社でもやってますよ」 ミステリーツアー自体どこのツアー会社でもやってるだろって。 「それでね、これは私が打ち出したツアー名なんですけど   『ハイパーミステリーツアー特盛』 っていうんですよ、いいでしょ」 なんだそりゃ! またエラいものを打ち出したな、こいつ。バスガイドさんが急に休むのも分かるわ。 しかし、こんなツアー名で恥ずかしげもなくパンフレットを作るこいつもこいつなら、またそこに集まる客も客だな。 いったい、どんな物好きな客が参加するんだろう?  
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加