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01
仕事が終わり、自宅へと着いた私は手洗いうがいを終えてから部屋着に着替えた。
時間は午後18時だ。
夕食は昨夜の残り物があるので作る必要はない。
ノートパソコンの電源を入れて日課の小説の続きを書く。
子どもの頃の私は物語を創る職業に憧れていた。
だけど、結局のところ現実を見て今の会社に就職した。
大学卒業後に仕事にも慣れてきてふと時間を持て余していたときに、たまたまWEB小説の存在を知ってからは毎日更新を続けてる。
今書いている話は、筋トレ好きの女の子が現代に出た妖怪と戦ったり和解したりする物語だ。
作品の出来がいいのか、それとも私がフォローしているからなのかはわからないけど、今日もコメントがついていた。
たとえ相互フォローしているからという理由でも、やっぱり反応があるのは嬉しい。
読んでくれた人たちのおかげでモチベーションが上がった私は、早速カタカタとキーボードを打っていく。
プロット作りはまだ慣れていないけど、話の結末が決まっているのもあって、今夜も順調に執筆作業は進む。
とはいっても、頭の中にある物語を文字にするのはむずかしい。
でも、それが思ったとおりの形にできあがると、言葉にできない喜びがある。
まあ、単純に楽しいだけなんだけど。
「えッ! もうこんな時間ッ!?」
気がついたら午後20時になっていた。
私は慌てて書いた小説を保存し、食事とお風呂を済ますことにする。
本業作家さんがうらやましい。
仕事しながらだと時間がいくらあっても足りないよ。
そんなことを愚痴りながらお風呂を終え、ノートパソコンで動画を観ながら食事をしていると、スマートフォンが鳴った。
画面を見ると、それは大学時代の友人からのメッセージだった。
私は昨夜の残りの物の親子丼を素早くかき込み、口の中でモグモグと咀嚼しながら内容を確認する。
「みんなで集まる店、決まったんだ」
メッセージの内容は、前からやろうと話していた飲み会のことだった。
思えばずっと友だちと会えていないねとやりとりしていたのを思い出し、集まる日が休日だったのもあって迷わずOKを出す。
来週の土曜日と日が近かったけど、普段から休日でも引きこもっているのでなんの問題もない。
仕事以外じゃスーパーくらいしか行かんのよ、私は。
人から見たら寂しい奴と思われるだろうけど、今は創作活動が何よりも楽しいんだ。
返信をしてからは、動画サイトで小説の書き方のコツを指導している動画をいくつか見て、歯を磨いて眠った。
早く休日来いと、誰に言うでもなく声に出して。
――長いような短いような平日が終わり、飲み会の日となった。
久しぶりに会う友人たちはみんな笑顔で「最近どう?」と言葉を交わし合っている。
当然その振りはこっちにもされて、私はこのところはWEB小説を書いていると伝えた。
みんな私が読書好きなのを知っているので、いつかやると思ったという反応だった。
よくわかってらっしゃる。
どんなの書いてるの? とみんなで盛り上がっていると、まるで周りを遮るように声を出してきた人がいた。
「へーWEB小説なんて書いてんだ」
声を出してきた人の名前はサエコ。
サエコは思ったことをズバズバ言うので、同じグループにいたのに私はちょっと苦手な子だ。
何か面白いことを言ってやろうと、相手を小馬鹿にするところとか。
初対面の人がいるところで、人が言ってほしくない昔のあだ名をばらすとか。
みんな大人になっているので注意はしないけど、正直いって私は、サエコにされたことでイライラする日が続くときがある。
「どのサイト? 今軽く読むから教えて」
なんでもサエコは映画やドラマの脚本家を目指しているようで、私のような素人の書く作品にアドバイスをしてあげると言った。
相変わらず上からものを言う子だなと苛立ったけど、みんなの話によると、実際に彼女が参加した脚本が商業化されているようだ。
話の流れからして断れない空気になり、私は渋々ながらどの小説投稿サイトに載せているかを伝えた。
サエコは「ふーん」と適当に相づちを打ってスマホを操作する。
「興味ないなら見るなよ!」と言いたくなったけど、久しぶりのみんなとの飲み会で雰囲気を悪くするわけにはいかない。
ともかく私は気にしないようにした。
すぐに話題を変えて、みんなとの会話を楽しむことにする。
どうぞ勝手に読んで見下してください。
どうせ私はワナビで(ネットスラングで作家志望者に対する差別呼称)、あなたは商業脚本家ですよ。
お酒と久しぶりの豪華な食事を楽しみながら、みんなと次は旅行に行きたいねと話していると、サエコがまた私たちの会話を遮るように口を開いた。
「あのさ。なんなのこれ? こんなの小説じゃないよ」
場が凍り付いた。
みんな「そこまで言わなくても……」と小声を出しながら、引きつった笑みを浮かべている。
私がそうなように、みんなも久しぶりの飲み会の雰囲気を悪くしたくないんだ。
だけど、サエコは止まらなかった。
誤字脱字はもちろん。
ストーリーの構成、キャラクター、文体などを否定してくる。
歯に衣を着せぬとはまさにこのこと。
サエコは、私が否定されてどう思うかなど全く気にせずに悪態をつきまくった。
これにはさすがに友だち全員が引いていた。
それでもサエコは止まらない。
まるで我が子を虐待する親のように、次第に声も大きくなっていく。
「だいたいさ。なんでこの相棒みたいな動物って喋れないの? あと意味のない会話文入れちゃダメだよ。これじゃ作者に言わされてるみたいじゃん。出てくるキャラクターが全部あんたになってんだよ。なんかわかりづらいギャクもウケを狙ってるんだろうけどつまんないし。さっきも言ったけどさ。こんなの小説じゃないし、ラノベでも絵本でもないよ」
彼女がもともとキツイ性格というのもあったけど。
脚本家として物語創作に対して厳しいところがあったんだと思う。
私にはわかっていた。
サエコに厳しいことを言われるって。
それにもともと文章力にも自信なかったし。
だから読んでくれている人に、内容が伝わる読みやすい書き方をしていたつもりだったんだけど。
それが問題だったみたい。
ただの個人の妄想を脚本形式にしただけだけど、サエコにボロボロに言われた。
「もう書くのやめたほうがいいよ。こんな内容じゃさ。自分がバカだってネットで触れ回っているようなもんだから」
私はサエコに何も言い返すことができず、結局この後すぐ飲み会は終了となった。
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