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02
友だちとの飲み会から――。
私は小説が書けなくなっていた。
日課だった毎日更新が止まり、書いては直して書いて直してを繰り返している。
何をどう書いても小説になっていない気がして、結局WEBには載せられない。
おまけに、いつの間にか首筋にアザができていてズキズキと痛む。
これもすべてはサエコのせいだ。
彼女本人は良かれと思って言っていたのだろうけど、相手の気持ちを考えずに発言するのは、やはり人としておかしい。
いくら意見が正しいからといっても、人を傷つけていいはずがないよ。
私がサエコの目の前で傷ついたことを伝えたとしても、こんなことくらいでモチベーションが下がるようじゃプロとしてやっていけないと言われるのが目に見えている。
そのとおりなんだとは思う。
間違ってないんだと思う。
でも、それでも目の前で酷いことを言われた人がどう感じるのかくらいの配慮はあってほしい。
というか言い過ぎだってわかんないのか。
人の心がないのか。
あの女はサエコじゃなくてサイコだ。
――書けなくなってから数ヶ月間。
私の頭の中からサエコは消えやしなかった。
ずっと彼女が口にした言葉がグルグルと回り続けている状態だ。
だけど、そこまで言われる私の文章にも原因はあるのはたしかで……。
彼女への怒りが半分、残りは自己嫌悪に陥ってしまっていた。
元々は趣味で始めたWEB小説だったけど。
書いて反応がもらえるようになってから、WEBでやっているコンテストに応募してみたりと、あわよくば書籍化、プロの作家になれるかもと期待していた自分が馬鹿みたいに感じる。
そんなモヤモヤした日々を送り、いつものどおり仕事から帰宅したとき、スマートフォンが鳴った。
飲み会のお誘いかな。
きっとサエコも来るだろうからあまり行きたくないなと思っていると、内容は友だちからではなかった。
「こ、これって……本当に私に送られてきたの!?」
友だちだと思って開いたメッセージは、私が載せているWEB小説サイトからだった。
その内容はゲームシナリオを書いてほしいというもので、なんでも私が以前に参加したコンテストで作品を見て、声をかけさせてもらったと記載されている。
最初は間違えて送ってきたか、またはWEB小説家を狙った詐欺かと思ったけど。
私に書いてほしいというゲーム会社の名前と、メッセージのやりとりをしているうちに、これが嘘でも夢でもないことがわかった。
会社名こそ知らなかったけど。
その会社が出しているスマホゲームを私は知っていた。
和風ファンタジーの作品が多いイメージだ。
それから何度かメッセージを送りあっているうちに、電話で話すようになり、今度顔を合わせようということになる。
《では、来月の第二土曜日でよろしいですね》
「は、はい! あの……当日は……お手柔らかにお願いいたしますぅ……」
緊張のあまり上手く話せなかったけど、私の創った物語がゲームになるかもしれない。
そう思うと、なんだかじっとしていられなかった。
部屋の中を無駄にウロウロしては、顔の筋肉を引き締められない。
小説は相変わらず更新できていなかったけど、私はサエコのことなど完全に忘れていた。
「やった……やったよ、私……。うおぉぉぉッ!」
私は隣に住む人のことなど考えずに、その夜だけは大声を出してしまっていた。
思い返せばWEB小説を書き始めて数年が経ち、けして多くはないけどフォロワーも増えていた。
ネットで開催されたコンテストにも応募を続け、一度だけ佳作をもらったこともある。
それでもどこか思っていた。
これだけ応募し続けても書籍化できない私には、やっぱり才能はないんだと。
短編、長編を含めて、これまで結末まで完成させた小説の数が二百を超えているからこそ、そう思った。
私が書く作品が流行りのジャンルではないというのもあるのだろうけど、何年も毎日書き続けて、ようやく手に入れたのは佳作だけだ。
作家になりたい夢を持ちながらも、これだけ書き続けているのに箸にも棒にも掛からない。
何冊もの小説の創作本を読んでもいまいちよくわからなかったし、努力だけでは変えられないものがある。
そう思っていた。
だけど、物語を書く仕事は一つじゃないと、このときにわかった。
「道はあるんだよね……いろいろ……『ライター×ライター』にも書いてあったし……」
感慨にふけっていると、スマートフォンが鳴った。
画面を見ると友だちからだった。
内容は、グループ内でも特別仲が良いメンバーだけで飲もうというお誘いだ。
前回のことがあって気を遣ってくれているんだと、私はすぐにわかった。
メッセージにはまたサエコが私にケチをつけないように、今回は少人数での集まりにしようかと書いてある。
だけど、今の私にとってサエコなんてどうでもいい存在になっていた。
だから私に気を遣わずに、またみんな集まろうと提案した。
私の提案を友だちは心配していたけど、その文面からしてやっぱりサエコのことで気を遣わせていたとわかった。
サイコ……いや、サエコは最悪だけど、私は友だちに恵まれたよ。
社会人になってもお互いのこと話せる関係が続くのは、とても幸運なことだ。
そんな友人たちと会えることと、私がゲームシナリオを書くことをサエコが聞いたら、一体どんな反応をするのかが楽しみでしょうがない。
「どうだサエコ! あんたがこき下ろした奴の小説を読んで、ゲームシナリオを頼んできた会社があったんだぞ!」
友だちとの飲み会が来週に決まり、私はまた大声を出していた。
「アハッ!」
一人で騒いでいると、どこからか女の声が聞こえたけど、このときの私は気のせいだとしか思わなかった。
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