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朝が来た。
早くに業者により荷物は運び出された。娘はそれを見届けてから家を出て行く。
「結婚式、決まったら言うね」
そう言って玄関に向かって行く娘の後を息子と付いて行く。
玄関に座りブーツのファスナーをあげながら
「覚えていてくれたんだ……私がこの香り好きな事……」
「う、うん」
私は小さく返事をした。
私が強くなれた美理の笑顔への感謝の気持ちを伝えたくて金木犀の香りを玄関に置いていた。
ファスナーを上げる音が終わると立ち上がり振り返った美理の顔は泣くのを堪えて鼻の頭が赤く、目は潤んでいた。
その顔は寒さで鼻を赤くしていたあの顔、涙を堪えた瞳はあの時の透き通る瞳と同じ私を見上げたあの時の顔だった。
「よっ!弟、長い間世話になったね、お母さんをよろしく!」
「は、はい!姉ちゃんも元気で!」
その顔のまま美理は私を見た。
「お母さん、夕べの質問の答え……」
「ん?」
「どうして結婚する気になったかって……私の夢」
「えっ?あっあぁ」
急な言葉に付いて行けてない自分がいた。
「お母さんみたいになりたくなったから……じゃっ!」
突然の言葉に返事も出来ず出て行く娘を見送り呆然とその場に立ち尽くしていた。
いつの間にか息子は隣にいない。
何も無くなった娘の部屋の床に座りフローリングを撫でた。
「あんなに散らかっていたのに…」
床にひとつの滴が落ちた。
―― 完 ――
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