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煙草を吸うのは、その方が男らしいと思ったからだった。そんな単純な理由で吸い始めた煙草は、ちっとも美味しくない。むしろ嫌いだった。
煙草の先の小さな光を、彼女はぼんやりと見つめていた。蛍みたい。いつだったか、彼女は小さくそう呟いていた。真冬に蛍はいないよ、と言おうとして、口をつぐんだ。彼女の横顔が、ひどく寂しげに見えたから。蛍がいないなんて、きっと分かり切っている。それでもあの頼りない光を望むほど、彼女は暗闇の中にいたんだろう。
自分と『おなじ』人など見たことがなかった。みんな生まれつき、体と中身が同じ性別を与えられていた。神様の手違いで、自分だけ中身を入れ違えられたのだろう。だとしたら、神様に願えばいつか『ちゃんとした』性別になる。幼い頃はそう信じていた。毎日布団の中で手を組んで、神様仏様なんでもいいからお願いします、と切実に願った。その願いが叶うことはなく、朝起きると自分の体は女のままで、中身は男のままだった。
あの頃を思い出すと、必然的に呼び起こされるのが、小さな仏壇とその前に座る母だった。
幼くして亡くなった姉。母は姉を溺愛していた。その後にできた自分を、母は姉の生まれ変わりだと信じてやまなかった。父は「お母さんの言うことを聞くんだぞ」としか言わなかった、そしてそれらは呪いとなって、自分を縛りつけた。
「このお洋服、お姉ちゃんに着せようと思っていたの」「お姉ちゃんはピアノを習っていてね、とっても上手だったのよ」「お姉ちゃんはね」「お姉ちゃんは」「お姉ちゃんは……」
我慢の限界だった。母は姉しか見ていなかった。姉を自分に投影して、自己満足しているだけ。そのことに気づいてからは、逃げるように家を飛び出した。お願い俺に女を押し付けないで。お願いだから一人にして。お願いだから……
バイトに明け暮れ、お金を貯め、メンズの洋服ばかり買い集めた。
初めて男性の格好をした時、ようやく息ができた気がした。同時に涙が溢れた。
神様、どうして自分だけ体と中身をバラバラにしたの。
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