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兄はまるで憑き物が落ちたみたいにすっきりした顔をしている。
「俺はお前がうらやましかったよ。母さんから何も制限されていないお前のことが」
「……お兄ちゃん」
「俺がどんなに成績がよくなっても母さんは満足しなかった。友だちとの遊びも許してくれなかったし、高校も大学も母さんの言う通りにしないと行かせてやらないと脅されていたんだ。会社だって母さんが決めた。だから、辞めたんだよ。遅く訪れた反抗期ってやつだ」
そう言った兄はわずかに口角を上げた。
いつも母は兄に目を向けていた。私は振り向いてほしくて頑張ってテストでいい点を取ったら、母はなぜか激怒した。兄をバカにしているのかと。
そのことが意味不明だったけど今ならわかる。
母は兄に過剰な期待をしすぎてまわりが見えていなかったのだ。
「俺、ずっとお前に八つ当たりしてきた。ごめんな。たぶん、もうあんまり会うことないと思うけど、元気でやれよ」
私は目頭が熱くなり、涙を堪えながらどうにか「うん」と返事をした。
兄は千秋さんをちらりと見て、それから軽く会釈をした。
それに対し、千秋さんは満面の笑みを返した。
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