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部屋を出る際に、千秋さんが振り向いて母に声をかけた。
「そうだ、お母さん。一応、あなた方の要望も考えてはいるんですよ。大切な女性の家族なので、そちらが困ったときは支援をしたい気持ちはあります」
母が驚いた顔で目を丸くすると、千秋さんはやけに冷たい目で言い放った。
「ただし、そちらの態度次第です。俺は紗那を傷つける者は誰であっても許さない。たとえそれが親でも」
母は表情を強張らせたまま、へなへなと床にへたり込んだ。
父は立ったまま、千秋さんに深々と頭を下げた。
玄関に向かっていると、2階から兄が下りてきた。久しぶりに見る兄は少し痩せていて以前より目つきが柔らかくなっていた。
昔は常にピリピリして、私が近づくとイライラした態度を見せていたのに、今ではそれがまるですべて取り払われて、別人みたいに丸くなっている。
「久しぶり」
「うん」
兄と話すなんて何年ぶりかだ。微妙な空気が漂って、どう話したらいいか迷っていると、兄は思いがけないことを言った。
「紗那、もうお前この家に戻るな」
「え?」
「俺も出ていくからさ」
兄はやけに穏やかな口調で続ける。
「俺たち、充分苦しんだと思う。残りの人生は親に振り回されない生き方をしよう」
兄の意外な言葉に私は絶句してしまった。
苦しかったのは私だけではなかったの?
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