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「お前、なんか欲しい物とかないのか」  正月も一段落した休日の夜。  試験前で一応休みをもらったのでバイトもなく、家族で夕飯を囲んでいた時のこと。  唐突に父に聞かれて、俺は一瞬戸惑い、答えた。 「……つーか、俺もう二十歳過ぎてんだし、欲しいものなんてねーけど自分で買えっから」 「バッカだな。お前。自分で働いて買える歳だから、ひとが買ってくれるって時には素直に世話になっときゃいいんだよ」  いつものように酒飲んで顔赤くした父が言った。 「自分で買えるから、親でも何でも他人の金で手に入ったら、ああ、ありがてえって思えるだろが。得したー、って」 「そうだけど、別に欲しいものなんて……」  食卓に頬杖ついて、思った。  俺が親から欲しいものなんて、ひとつしかない。  あの人と、ずっと一緒に居ていいという許しだ。  男同士でも。子供が出来なくても。  家業も継がない、そんな役立たずの息子でもいいという。 「……ごちそうさま」  箸を置いて席を立つと、声が追いかけて来た。 「おい、匠海ぃ」 「いーよ。気持ちだけで」  まだ何か言いたそうな父と、黙ってやり取りを見ていた母を置いて部屋に戻った。  
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