サイレントルームで君を思う

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 アイちゃんはいい匂いがする。石鹸みたいな優しいほのかな香り。なにかつけているのかな。それともシャンプーの残り香かな。夏のセーラー服の肩にかかるサラサラの黒髪が瞼に浮かぶ。目を閉じて気づかれないように鼻をスンスンする。僕とアイちゃんを隔てているパーテーション越しに広がる妄想は机の上に開いたままの本とノートを桃色に染めている。  有料のここにしてよかった。公共の図書館の自習室だったら出会っていなかった。アイちゃんは可憐な女子高生。社会人で大人の僕のことはきっと意識しているはずだ。うん、絶対そうだと思っている。  この場所にいる本来の目的をしばし忘れて幸せな気分に浸っていると入口ドアのカードキーが解錠される「シャーッ」という無機質な音が室内に響いた。ドスドスと近づくガサツな足音。アイちゃんのいい香りが一瞬でかき消されて漂うオバサン臭。うわ、やめてくれ。せっかくの胸キュンタイムが台無しだ。  この得体の知れない匂いの正体はマリコ。僕の天敵で邪魔者。アイちゃんと僕が座る席と背中合わせのフリーの席にドカッと腰を下ろして大きな団扇のような物で顔をあおいでいる様子だ。鬱陶しい風がこちらまでくる。  あーあ今日の妄想はこれで終了。恨みがましい気持ちでふり向くとマリコはすでに机に向かっていた。さてと、しかたない。マリコも来たことだしそろそろ勉強始めるかな。
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