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5.「先に謝ったもん勝ち」
「笑実か?」
火を消してエプロンを外しつつ玄関へ向かうと、笑実がうらめしげに自分を見つめて突っ立っていた。少し、視線をうろつかせたが。
「あの。……さっきマジで、」「ごめん。」
え、と葉介は固まる。目の前の彼女は眉をひそめ、それから「お母さんが持ってけって」。いつも作ってもらって悪いから。と、笑実の母の料理の中でも、葉介がとても好きな里芋の煮物が入ったタッパーを、カバンから取り出して彼女は差し出してきた。
謝る前に、謝られて。食べ物を、差し出されて。
「わたしも、ちょっと手伝ったんだよ。食わず嫌いしないで、料理やってみなって言われて」
少し赤くなり、だからちょっと煮崩れちゃったけど。と、恥ずかしそうに言う彼女に少しの間、見惚れていたが、タッパーを受け取って葉介は頷いた。「ありがとな」
「メシ、出来てるから」
「うん」
「腹減ったろ」
「おやつ我慢した」
「さっきごめんな」
「わたしもごめん」
「喧嘩しても、腹減るよな」
「もちろん。お腹はいつも通りだったの」
そうやりとりをすれば、ふたりはいつのまにか。小さく笑っていた。ブーツを脱いでそろえ、笑実は家に上がり、いつも通り手を洗うために洗面所へ。葉介は夕飯を盛り付け、それをテーブルへ並べる。そして、笑実がコートを脱ぎながら戻れば、そこには温かな食卓が出来上がっていた。
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