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第一話
茹だるような暑さだった。灼熱の太陽が大剣山の天辺から選手たちを照らし続ける。
全国高校総体連自転車競技大会、通称インターハイ――その目玉と言える前半戦と後半戦の二日間を掛けて競い合うチームロードレース。
その後半戦、つまり二日目のレースが間もなく開始されようとしている。
一日目、前半戦においては、全国優勝の常連校である、天王高校自転車競技部が総合タイムにおいて首位に付き、二位には前々回三位、前回準優勝と着実に順位を上げてきている山陸高校自転車競技部が僅差で追ってきている。
一方で一日目、前半戦における山岳賞とポイント賞は山陸が取っている。
そして三位につくは黒のジャージが特徴的な黒羽工業高校自転車競技部。通称黒鬼――彼らもまた総合タイムにおいては天王と山陸に負けず劣らずの三位であった。
コースは北アルプスを舞台とし、長野県と富山県を跨るように連なる大剣山地を中心に行われる。 麓には北アルプス競技場があり、トラック競技はこの競技場でのみ三日間掛けて行われていた。
ロードレースにおいける初日のタイムトライアルレースも競技場内で行われ、そこでも一位をマークしたのは天王高校自転車競技部であり、一日目のリーダージャージを獲得している。
北アルプス競技場は収容人数も三万人を誇るが、昨今、アニメやドラマ、映画などで自転車競技を扱った物が多いこともあって観客席はかなり埋まっていた。
その中でも注目度の高いロードレースに関しては、一日目の前半戦、二日目の後半戦とともに完全満席であり、競技場に入れない人まで出た始末である。
勿論ロードレースは競技場の外で行われるため、競技場にいたのでは生では見られないのだが、県や市の協力の下、独自のテレビ中継が入り、レースの様子は競技場に設置された大画面のモニターに映し出されることとなっている。
勿論沿道まで応援に来る人達もいるが、この日のためにわざわざ招待された実況解説者もいるようで、それを期待して競技場に残る人も多そうである。
どちらにせよ――二日目、後半戦スタートまでもう間もなく、競技場の外、レース開始地点はピリピリとした緊張モードに包まれていた。
「お前たち、前半戦、後半戦合わせて総距離314.12kmのロングレースも今日で決着がつく。体調は大丈夫か?」
「愚問ですよ主将。中一日の休みもとってますしばっちりです」
インターハイは五日間の日程で行われる。最初の三日では一日目にロングレース組のタイムトライアルも入るが、本格的なレースは三日目と最終日の五日目、つまり本日行うのである。
「不動」
「王か」
ふと、後ろから声を掛けられ大柄な男が振り返る。身長一九〇センチの巨体を誇る丸刈りの彼は、今も全員に体調を確認していた山陸高校自転車競技部の主将、不動 大地である。
その鍛え上げられた筋肉は見事であり、ジャージの上からであっても自転車を乗るために生まれたかのような肉体であることが窺える。
しかし、そんな彼も目元は優しさに満ちている。異名として動く大仏と称されるのもよくわかるほどだ。
一方、不動に声を掛けてきたのは王 瞬促。五年連続インターハイ優勝という輝かしい功績を誇る、天王高校自転車競技部の主将である。
獅子の鬣を思わせる髪を金色に染め、見た目は非常に荒々しい。身長は大地より頭半個分程低いのだが、にもかかわらずその風貌からか身長差などは全く気にもならない。
このふたり、両主将ともロードにおけるオールラウンダーとして知られるが、王は同時にライトニングの異名でも知られている。
それは彼が平地においてはクロノマンとしての特性も併せ持っているからに他ならない。平均時速九十キロメートルで長時間維持できる耐久力は高校生では異例と言って良いだろう。
「いよいよ今日で決まりだ。後半戦もうちが取らせてもらうぞ」
「そうはいかないな。確かに昨日はタイムでこそ負けたが、後半戦はラストの山が決め手となる。一日目の山岳賞をとっているうちが取るさ」
「……俺、負けない!」
主将の不動の隣で鼻息を荒くしているのは山好 登。山陸高校自転車競技部の二年でありクライマーのエースである。
身長は低いが、山陸の小さな巨人として名を馳せており、前半戦の山岳賞を取ったのも彼である。
「ははっ、登くんは僕と同じで山と聞くと黙っていられないんだね」
天王高校側の部員の一人が笑顔をのぞかせた。登とは真逆のシュッとした高身長の細身、しかし必要な箇所には無駄なく靭やかな筋肉がついている。見た目にもかなりのイケメンであり女性からの人気も高そうだ。
天上 白鈴1――天王高校自転車競技部の二年生。そして登と同じクライマーである。通常クライマーは少しでも軽いほうが有利という点から、登のような小柄な選手が多いのだが、白鈴は一八〇センチという高身長ながら登もついつい熱くなってしまう生粋のクライマーである。
第一日目の前半戦は全長一八キロメートル、高低差一三五八メートルの坂戦にて熾烈な争いを繰り広げた。その結果、大会一日目の山岳賞を制したのは登であった。
「……前半戦では山岳賞とられちゃったけど、今日は僕がそのジャージ、いただくよ」
登が着ている赤い水玉模様のジャージを指差し白鈴が宣言する。このジャージは山を制したものの証。山岳賞を取ったもののみに与えられる特別なものだ。
「――絶対渡さない。北アルプスの山は俺のものだ」
「ははっ、すごいねそれ」
爽やかな笑顔で返す。だが、一見和やかに見える二人の間にも、既にバチバチと激しい火花が散っている。
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