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第十話
「いやだ、いやだ助けてくれてぇぇええぇえ!」
くそ! と硬く目を閉じた。福岡八帯高校の主将男児である。
迂闊だった。最初のあの惨劇を見てから、この後方集団のメンタルは相当にズタズタだった。それでもなんとか思考を切り替え、後方に声掛けしつつスタートは切れたはずだった。
だが男児は大切な事を忘れていた。このチキンデースは今までのレースとは違う。そう違う。だから――後方に控えて脚をためるなんてやり方は愚の骨頂でしかなかった。
なまじスタートしてからあの巨大な鶏の動きが思いの外鈍重な事に気が付き。これなら無理をしなくても十分距離を離せるなどと考えたのがそもそもの間違いだったのだ。
だから大事な事を見落とす。そう、確かに巨体を誇る鶏の動きは最初こそ遅かった。
だが、それも最初だけであり、この化物は徐々にその速度を上げていたのである。
だが、ふと後ろの様子を確認した時、それに気がついた時には、もう手遅れだった。恐ろしいことにこの鶏は、これだけの巨体にも関わらず動くときの足音も衝撃も殆ど感じない。
飛べこそしないがまるで地上を飛んでるかのごとくだ。更に速度は三〇キロをとうに超えているだろう。
だからこそ後方にいた集団がまたもやその餌食になっていく。
飛び交う悲鳴。許しを請う声。中途半端に咀嚼されていく音。そして――
『コケッコー! これで更に十人目の脱落~~! そしてまた二チームが全滅デス! コケッコー! 競技場では生贄達も順調にチキンの餌として処理されてます。二チーム分七百の生贄も届いてまさに会場は狂喜乱舞! コケッコー!』
不快な鶏頭の声が耳に届く。上空のスクリーンからは生贄となった関係者の嘆きが降り注いだ。
もうダメだ、このままじゃとても心が持たない。このままただ喰われて終わるのか――
「前をむくんだ皆!」
「……え?」
一瞬諦めかけたその時、はつらつとした声が後方に響き渡った。男児が前を見ると後方に下がってくる六人の姿。
「お前たちどうしてここに!?」
「ハハッ。こんな状況じゃ助け合わないと仕方ないっしょ!」
雁須磨が声を上げ更に他の五人も親指を立てながら上がってきた。
「おらお前らもビビってないで魂を燃やして必死にこぎやがれ! ケイデンスを上げろ! 此処から先は競い合うレースじゃねぇ!」
「その通り! 必要なのは協力。そして生き残ることだ! 壁役はこの俺、大頭 仁が努めてやる!」
「他にも壁の出来る奴残ってたら前に出ろ! 後ろをしっかり引くんだ!」
仁と万能が叫んだ。更に雁須磨も後方に向けて声を上げる。
「どうしたどうした? まさかもうバテたのか? いや違う! お前たちの気持ちはまだ負けてない! そうだろう? 何せ俺たちはこの決勝まで駆け上がってきた精鋭なんだ。ちょっとでかいだけの鶏ごときに負けるようなヤワな足腰してないっしょーーーー!」
雁須磨が人差し指を立て呼びかけた。それだけで絶望仕掛けていた選手たちの目に光が戻っていく。
「そうだ俺たちはまだ負けてない!」
「こんなところで死んでたまるか!」
「生き残るんだ絶対に!」
力強い言葉と決意が波紋のように広がっていった。その光景に男児が呆気にとられそして大きく息を吐き出した。
「さすがはカリスマ性ナンバーワンと呼ばれるだけある。全員を奮い立たせるとはなぁ。だけどこれでおいどんも決意が固まったばい――」
そして男児もまたどこか決意めいた表情でそう呟いたわけだが――
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