第二話

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第二話

「イェエエェエイ! いいねぇ! ロックだねぇ! シェケナベイベー!」  そんな中、口を挟んできたのは髪を派手な金色に染め上げた男。身長は低いが髪の毛は箒を掲げたように天をついており、その分高く見える。  尤もこのままではヘルメットが被れずレースに参加出来ないため、いざレースになると箒のような髪を根本から折り、後ろに倒した後ヘルメットを被るという荒業を見せているが。 「ベイベーだけど勘違いしちゃいけね~ぜ。前半戦はこの俺も譲ってやっただけさ~白鈴も後半戦は俺も出るからな~ちゃんとフォローしろよ!」 「はい。ですが、山岳賞は僕が取りますけどね」 「イェス! いいねその気の強さ! ロックだね! 山だねぇ!」  マイクを取るポーズを見せながら叫びあげる。かなりの変わり者だが、これでも彼は天王高校自転車競技部三年の実力者、岩山(いわやま) (らく)である。  そして少々異色な経歴の持ち主でも或り、彼が本格的に自転車競技にのめり込みだしたのは二年になってから、それまではバンドを組んでロックを奏で続けていた。  ギターもドラムもやるというその器用さ。そんな彼のライブに息抜きとして連れて行かれたのが王との出会いであり、自転車競技に目覚めるきっかけとなった。  王は彼の器用さ、ギターテクニック、そしてドラムを鳴らす時に見せた独特なフット捌きをみて自転車の才能があると見抜き――そして。 「は? 最高のロックを見せてやるって、何で山なんだよ!」 「言っただろ? ロックと。何も間違っていない。この岩山こそ最高のロックだと思わないか?」  この言葉に最初はあきれた楽だが、山に挑戦して確かにこれはロックだと実感した。そしていま彼は二度目のインターハイの舞台に立っている。 「……どっちにも負けない。山を制すのは俺だ!」  そしてそんな二人を睨めつけ訴える登。勝ちを譲るきなどまったくないようだ。 「おい登。熱くなるのはいいが、重要なのはチームでの優勝だ。お前はただでさえ山となったら見境がなくなるんだから気をつけろよ」    登に警告する声。それは同じチームメンバーにして二年、直心(ちょくしん) (ひかる)である。    登が山陸のエースクライマーならば、彼は山陸のエーススプリンター。  直進において高校生でありながら時速百キロメートルに達したことのある紛れもなく最速のスプリンターなのである。  そんな彼の上背は一七五センチ、全体的にシュッとした肉体。切れ長の瞳でクールな雰囲気を漂わせ女子からも人気が高い。見た目は細身だがぎっしりと詰まった筋肉、スプリンターらしい太い太腿が売りだ。   「馬鹿、お前はクールすぎなんだよ。もっと熱くなろうぜ! 男なら、ホットにファイヤーーーーー!」  炎のような紅の髪と褐色の肌が印象的な男子が光の首を絞め上げながら言う。  光と比べると身長は若干低いが、筋肉量は一回り上に感じられた。 「火神先輩は暑苦しすぎなんですよ」 「おいおい、それはないだろ? 最後にお前を引くのをわざわざ先輩の俺がやってやろうってんだぜ?」  火神(かがみ) 大吾(だいご)――山陸の二年にしてオールラウンダー。最初の印象通りかなり暑苦しいタイプだが、一旦火がつくと実力以上の力を発揮するタイプでもあり。 「ところで、わざわざこのお兄ちゃんの為に応援に着ていた愛妹を見たか? どうだ? 可愛かっただろ? な? な?」 「はいはい。確かに可愛かったですよ」 「なんだとてめぇ! さては俺の妹狙ってやがるな! 許さん!」 「一体どうしろっていうんですか!」  そう大吾は重度のシスコンでもあった。ちなみに可愛くないといったりそっけない態度をとったりするとそれはそれで烈火のごとく怒り出す。  なので口下手の登は出来るだけ距離をとっていた。 「全く、これだからシスコンは」 「あん! 誰がシスコンだこら! 俺はただ妹を目の中に入れても痛くないぐらい可愛がってるだけだ!」 「それがシスコンだっていうんでしょ? 全く」  ツッコミを入れてきたのは火神と同じく三年、加足(かそく) 彗斗(じぇっと)だ。  最近になって最高速という意味ではエースの座を光に明け渡したが、彼もまた優秀なスプリンターであり、特に加速力に関していえば今でも光に負けていない。 「と、ところで登。今日もお姉さまは応援にきているのかな?」 「……ん、こなくていいっていってるのに」 「何を言ってるんだ! あんな美しいお姉さまに来てもらってしかも写真までとってもらえるなんてこんな光栄なことはないよ!」 「全く、彗斗は本当年上が好きだなガッハッハ!」  山が動いた、と周囲が一瞬どよめくが、彼は紛れもなく人。筋骨隆々という表現を体現したような彼は、山陸高校一の巨体を誇る三年、暴風防壁の異名を誇りしトレインの要、大頭(おおがしら) (じん)である。  そして同時に彼は高校生ロードレーサーとしては珍しい優秀なパンチャーでもあった。  パンチャーとは起伏の激しい地形を得意とするステージを得意とする選手のことであり、丘のコースなどで特にその実力を発揮する。  クライマーと混同されることもあるが、パンチャーはあくまで短い坂に特化しており、そういった坂が連続して起きるようなステージでこそ真価が発揮される。  同時にその巨体を活かした抜群の壁力も忘れてはいけない。元々の余りある体力を活かし積極的にチームの先頭にあがり、トレインを組む。    その際の頼りがいはチームいちだ。   「フフッ、その被写体、当然僕も選んでもらえるんだよねぇ?」 「いや、先輩は俺たち天王の部員でしょう」  何故か微妙にキラキラしたよう雰囲気を醸し出し会話に入り込んできたのは雁須磨(かりすま) 輝煌(てるき)。  天王高校自転車競技部における自称バックグラウンダーである。そんな区分は本来ないが、本人曰く、あえて後方に下がり展開を操る事からそう呼称している。  男子でありながらゆるふわの茶髪と甘いマスクが印象的だ。  もうひとり、彼に即座にツッコミを入れたのは葵陽(きよう) 万能(ばんのう)。天王の二年のオールラウンダーだ。  仁ほどではないら彼もまたかなり体格が良い。更に彼には無酸素状態で長時間ペダルを回し続けることが出来るという特技がある。   「まぁでも実際カメラマンだけあって、登先輩のお姉さん写真取るの上手いですよね~綺麗だし羨ましいですよ」 「……別に」 「いや、お前の事じゃあるまいし何照れてるんだよ」 「やっぱりお姉ちゃんのこと好きなんですねぇ」  そういって笑うは五分苅りのどんぐり眼をした双似(ふたに) 類二(るいじ)である。彼は二日目で唯一の山陸の一年生である。なお控えにはもう二人一年生が控えており、そのうちの一人は彼の双子の兄の方であり一日目の前半戦を走り抜いた。  この二人はアシストとして抜群の仕事をこなしてくれる。たかがアシストと思うかも知れないがロードレースにおいては重要だ。 「二日目の後半戦はラストの直線に入る前の山越えが重要だ。いけるか?」 「僕はいつだって山では負けるつもりはありませんよ」 「いいねぇ、ロックだねぇ! 後半戦はより厳しい山を登れるんだから、もう最高にハイになってやるよ!」  後半戦には全長二一キロメートル、高低差は二〇〇〇メートルにも達する地獄の坂が待っている。  しかし頂上まで登りきればあとは下りと平地が続く。クライマーからラストのスプリンクラーにつなげる重要なエリアだ。   「鳥山兄弟、お前たちのルーサーとしての腕が決め手になる。頼んだぞ」 「……わかりました」 「おう! まかせとけ!」  二人が応じる。身長差のある凸凹兄弟。それがこの鳥山(からすやま) (すずめ)アンド鳥山(からすやま) 鷲男(わしお)のペアだ。ちなみに背の低いほうが兄であり坂で引くのを得意とし、高いほうが兄で平地で低いのが得意となる。  天王にしろ山陸にしろ、それぞれのチームカラーを活かした戦術で優勝を狙っていく事だろう。     だが、レースを左右するのは何もこの二強だけではない。
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