5人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
第三話
「……天王も山陸も確かに優勝候補と言うだけあって強敵だが、俺たちを忘れてもらっては困るな」
二チームの様子に目を向けながら面長でキツネ目の男子、鞘 栄治が呟いた。
そしてくるっと振り返り。
「槍、お前こそが俺たちの要だ。一日目に敢えて出さなかったのも温存としての意味は勿論、手の内をみせたくなかったというのがある。その分、今日は頼んだぞ」
「――任された」
鋭い目をした神威 槍が答える。主将である栄治が全幅の信頼をおく人材、それが二年の槍であり。
「槍はとにかく俺たち蒼海高校自転車競技部、ルーサー四天王が必死にアシストする! 判ったな! 勿論一年も気を抜くなよ!」
蒼海高校――これまで一度も表彰台入りもなく、目立たない存在だったが、今年に関しては一日目の前半戦で三位の位置につけていた。
しかも、彼らが期待している槍という選手を控えに回させてである。そんな彼らは、果たして台風の目になるのか?
「キヒヒヒヒイッ、これはこれは、平和ボケしたぼっちゃんばっかじゃないの」
「ふん、油断するなよ。それでも天王と山陸は強い。俺たちも一日目は全く追いつけなかった程にな」
「はん、そんなの俺らが黒鬼流で戦わなかったからだろ? 一日目は大人しく、でも二日目で、牙をむく!」
「ヒェヒェ、殺していいの? もう、殺していいの?」
彼らの反応に、全くと黒井 豹が肩を竦めた。
彼らは国内では悪評高い黒鬼高校の自転車競技部。その主将を務めるのがこの豹であった。
そしてこの関西の黒鬼高校、主将は勿論、メンバーも含めて一癖も二癖もありそうなのがそろっているようだが、果たしてどんなレース展開を見せてくれるのか。
「見せてやろうぜ! 俺達のデスレースを!」
中々に不安な事を口走る黒鬼高校。とにかく普通でないことは確かなようだ。
「さぁ、いよいよ二日目、後半戦の開始まで間もなくとなりました」
「はい、全国の高校生ロードレーサー達がしのぎを削るチームロードレースは、総合優勝がいよいよ本日決まります。現在タイムでのトップは――」
特別ゲストとして呼ばれた解説者が、それぞれのチームについての分析と独自の見解を述べる。
中継も入り会場は大盛り上がり。特別スクリーンには選手たちの様子もしっかり映し出されていた。
富山県と長野県の強力の元、ロードレースの様子はインターネットによるライブ中継によりリアルタイムで配信されている。
ブームもあり、視聴者数はうなぎ登りなようだ。
そう、熱き高校生たちの意地と意地のぶつかり合い。そこで生まれる感動のドラマ。
それを皆、心の何処かで期待していたのかも知れない。だが――それはまさに今、違う形で裏切られる。
「いよいよだな」
「……絶対優勝。山も取る」
「その粋だ登。大丈夫二日目こそは俺たちが取り、そして優勝――」
『コケコッコーーーー! やぁやぁレース会場の皆様ごケッコー! これから始まる特別なデースの為に、お集まり頂きありがとうございますコケッコー!』
「…………は?」
とつぜんスタート地点に広がる声に、山陸高校自転車競技部主将、不動 大地が先ず疑問の声を発した。そして、周囲のざわめきもまるで波のように広がっていく。
「なんだ? 何かの余興か?」
「う~ん、あんまり笑えない気がするけどね」
「全くだ! こんなの全然ロックじゃないぜ!」
天王高校の選手達も驚きを隠せないようす。余興、確かにその可能性がないとは言い切れないが、レース開始直前にやるにはあまりに悪趣味がすぎる。
「全く、こんなくだらないもの見せられて興が削がれる」
山陸の光も不機嫌そうにつぶやいた。皆の注目はこの妙な声に傾けられているが、競技場内ではより混乱が広がっていた。
「おい! どうなっている! こんなもの予定にないぞ!」
「そ、それがさっぱり……」
大会の運営委員もこの変化に戸惑い気味だ。そもそもすぐに無線で確認したが、このふざけた声の主を移しているようなカメラスタッフは一人としていなかった。
ならば、一体何故、どうやってこのモニターにアレは映し出されているのか?
そう特別スクリーンには確かに移っていた。鶏のマスクを被り、白のタキシードに赤の蝶ネクタイという妙ちくりんな出で立ちのなにかである。
「インターネットからのハッキングか?」
「その可能性も当たらせてますが、その手の反応はないようです」
「くそ! 一体どうなってやがる!」
『さて、皆さん混乱しているようですが、時間もないことですのでサクサク勧めていきます。先ず私のは鳥獣鬼餓、人間の皆様に変わって今大会の取り仕切らせていただくものです』
「は?」
「おいおい、何を勝手な真似を――」
『そういうわけですので、選手の皆様はどうもご愁傷様。今日この日のために恐らく血の滲むような努力を続けてきたのでしょうが、それは今日でほぼ無駄になります』
「何勝手なこと言ってんだ!」
「冗談でも悪趣味がすぎるぞ!」
『残念ですがこれは冗談ではありません。そうないのだよコケッコー! いいから黙って聞きやがれ! いいか? てめぇらは今から餌だ! 脆弱で捕まれば最後、バリバリと頭から喰われるだけの哀れな餌なのさ! これから開始するはチキンデース、今最もホットで最高なデースゲームさ! さぁ覚悟を決めろ餌共! お前たちの為に、特別ルールを設けてやった! 先ずマップは完全に変更だ。今日一日でお前たちが目指すゴールまでの距離は314.56kmだ! 変更したコースは上を見て見るんだな』
言われて自然皆の視線が上に向けられる。するとどういう仕組かはわからないが、確かにそこに新たに変更されたコースが表示された。
「これは――つまり一日で前半戦と後半戦を足したコースを走れってことかよ糞が!」
火神が吠える。確かに距離的にも富山と長野、両方を利用するルートからもそれが伺えた。
「おいふざけるなよ! 突然のコースの変更なんて認められるか!」
「そうだ! おかしな事言いやがって!」
「そんなに不安ですか?」
ふと、広がるような声が頭上から落下してきた。しかもこれまでと異なり、明らかに近い位置から発せられた声。
「な、う、浮いてるだと?」
誰かが発した。全員が空を見上げる。
そこには、確かに浮いていた。白のタキシードに赤い蝶ネクタイ、そして鶏のマスクを被ったいかにも怪しい何かがプカプカと。
「鶏なのに空飛んでんじゃねぇよ……」
「いや、リーダー気にする所そこですかい?」
黒鬼高校の豹が呟くと、チームメイトから静かな突っ込み。
確かに、他にもいろいろと気になるところはあるが。
「どんなトリックかは知らないが、こんな変更はとても認められない。運営委員会に即刻抗議を申し立てる」
そんな中、冷静に端を発したのは天王高校自転車競技部主将、王 瞬促であり。
「同感だ。こんなものは我々を馬鹿にしている。俺たちがどれほどの思いでこのレースに望んでいるのか判っているのか?」
王に追随するように抗議の声を上げたのは山陸の主将たる不動 大地である。
そして選手たちの憤懣は一気に爆発し、鳥獣鬼餓鬼を名乗っていた鶏頭に向けて罵声を浴びせ始めるが。
「コケッコー! これは愉快愉快。全くチキンの餌風情が随分と偉そうな」
「……先程から餌餌と随分な言い草だな」
鶏頭を睨めつけ蒼海高校エース、槍が言った。
「全くだ。大体非常識なチキンはてめぇの方じゃね~か」
更に黒鬼高校の豹が続き、メンバーが大声で笑い上げるが。
「コケッコー! 威勢がいいのは良いですねぇ。そうでなければこれから始まるチキンデースは盛り上がらない! ですが、全て無駄な事ルールの変更は認められませんよ。皆様にはこれからこの私の定めたルールの中で走ってもらいます」
「おいおい、勝手な事ばかり言ってるけどな、こんな条件なら俺たちはそもそも走るつもりはないぞ?」
「うむ、そのとおりだ。こんなバカげたレース、やる意味がない」
山陸の光と仁が言い放つ。他の選手も気持ちは同様なようだが――
最初のコメントを投稿しよう!