第四話

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第四話

「コケッコー! それならどうぞご自由に。走らずにチキンの餌として喰われて終わるか、それとも僅かな希望をめがけて走るかは皆様次第ですから」  その言葉に、喰われるだと? と王と不動が反応を示す。  その時だった、突然背中を襲うぞわりとした感覚。それはふたりだけではない。一定以上の実力を秘めた選手全員が感じ取ったことであり。 「とにかく、これよりデースはスタートしてもらいますよ。スリーカウント後にチキンデースはスタートです! その間にできるだけのことはしておくことをおすすめしますよ」 「ふざけるな! こんなレースやってられるか! 運営の正式発表が出るまで俺はここを離れるぞ!」  誰かが発し、それに倣うように俺も俺もとコースから離れ始めるが――唯一違う反応を示したのは黒鬼高校であり。 「スリー――」 「待て! 離れるな! 急いでスタートするぞ!」 「え? 主将それは一体?」 「俺たちも出るぞ! ぼやぼやするな!」 「はい?」 「――出たほうがいい。出来るだけ全力で」 「槍――お前が言うなら」 「ツー!」  カウントがツーまできたところで、わけがわからないといった様子ながらも天王、山陸、蒼海の三チームがスタートを切り。 「なんじゃあいつら? あんなことしたら例え正式なレースだとしても失格じゃろうが」 「ワン! コケッコー! チキンデースの開幕デーーーース!」  福岡八帯高校主将の灸洲(きゅうしゅう) 男児(だんじ)が首をかしげる。  だが、その時だった突然の揺れ、そして地響き。  じ、地震か? と皆が狼狽するなか――コースから離れて引き上げようとした選手たちのすぐ後方のアスファルト一気に隆起、驚く彼らの目の前に一つの山が生み出された。  レースへの非参加を決め下がっていた選手たちの顔色が変わる。  なぜならそれは山でなかった。頭にはその生き物を象徴する鶏冠。羽は白く目は血走っている。  それは鶏であった。だがただの鶏ではない。まるで城のような大きさ。嘴は大型トラックでも数台纏めて飲み込めそうな程でかい。  それはとても醜悪な顔をしていた。一見ただ鶏を巨大化させただけのようでもある、外に飛び出たような目玉は常にグルグルと回っておりしかもそれぞれカメレオンのように別々な動きも可能なようであった。 「ど、どげんなっとるたい……」 「お、おい、冗談だよな? これ、何かのドッキリ――」 『コケッコォォオォッォオオォォオオオオ!』  まるで地獄の朝に響き渡るような鳴き声。空気を引き裂き、これまでの空気を一変させる一猛。  その場にいる多くの選手を恐怖させるに十分な狂った声。  だが、チキンデースの本番はまさにこれからであった。巨大な鶏は羽を広げたかと思えば加速し近くにいた餌目掛けて嘴を振り下ろした。  ヒッ、とロードバイクごと啄まれ持っていかれた数名の選手が短い悲鳴を上げた。意味がわからず何人かがパニックに陥っているがそんな事お構いなしに、それは大きな嘴を広げ、口内に選手たちを放り込んでいく。 「ひ、ひいいいぃぃいい!」 「う、嘘だろ!」 「い、いやだ、こんなの嫌だぁああぁあああ!」  あまりのことに脳内の処理が追いつかないのか、その場で固まる選手たち。レースの参加をやめようとしていた選手たちは、その結果後ろに下がることとなり、この化物の目の前に姿を晒したことになる。  巨大鶏はなおも嘴を振るい、選手たちをその口の中に詰め込んでいく。  悲鳴が、許しを請う声が、残った選手たちの耳に届いた。 「コケッコーー! さっきも申し上げましたが~チキンデースを棄権するのは本人の自由。でも、その時どうなるかは、見ての通り! コケッコーー! それが嫌なら、走れ! 餌共! ゴールを目指してひたすらに! お前ら臆病な餌が助かる唯一の方法はゴールに辿り着くこと、それだけだ! コケッコーー!」  次々と鶏の餌食になる選手たち。そしてそれを俯瞰し、愉快そうに語る鳥獣鬼餓。  そこでようやく、福岡八帯高校の男児が気がつく。この異常な状況と、これから先ず何をすべきかを。 「は、は、走れお前たち! ケイデンスを死ぬ気で上げろーーーー! このまま黙っていたら喰われるだけだぞーー!」  この言葉を皮切りに、生き残った選手たちもようやく状況を飲み込めたようであり―― 『ひ、ヒィイィイィイイィイイイ!』  堰を切ったように一気にペダルを踏み始めた。だが、以前パニック状態であることに変わりはない。中には思ったようにペダルがコケずコケてしまいそれに引っかかることで他の選手達も雪崩式にバランスを崩し、転倒し、罵声が飛び交う中、伸びる鶏の嘴――  泣きわめく声が更に増えていた。 『さぁここからは私も皆のために実況に専念させてもらうよコケッコー! 先ずはチキンデースにおいて重要な役割を担う彼の紹介だ! コケッコー!』  ふと競技場のモニターに選手たちを飲み込んでいく鶏が映し出された。競技場内で応援しようと控えていた観客達の反応は様々だ。泣き出すもの、吐瀉物を撒き散らす者、まだこれがドッキリか何かだと信じて疑わないもの―― 『こいつこそが選手を喰らう巨大チキン! 体長五十メートルを誇る食欲旺盛な鶏だコケッコー! だけどこの鶏は食べた分だけ卵を産むコケッコ~!』    そういった傍から、鶏の肛門からポンポンっと卵が吐き出されていった――
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