第五話

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第五話

『生まれた卵からは先ず雛が生まれるのデスよ! コケッコ~!』  鶏頭の司会者気取りが愉快そうに語った。すると早速卵に罅が入り中から雛が生まれてた。    生まれたばかりの雛であれば本来可愛げがあるものだが――巨大鶏から産み落とされた卵はそもそもデカく当然出てきた雛もそれ相応に大きかった。  しかも顔つきはどことなく凶悪でもある。 『ピギョッ! ピギョッ! ピギョッ!』  生まれたばかりの雛とはとても思えない不気味な声で雛の集団が親の鶏の後を尾いていく。そして目の前に見える選手たち目掛けて突進した。 「う、うわ! なんだコイツ、ひ、やめ、やめろぉおお!」 「ぐぇ、げごぉ――」  雛の群れは選手に襲いかかり自転車事倒れた彼らに一斉に群がった。不気味な鳴き声を上げながら選手の肉を引き千切り喰らっていく。  その内容はあまりに無惨なもの。雛だからなのか食べ方も中途半端であり赤黒いミンチ肉がびちゃびちゃと汚らしい音を立てて巻き散らかっていく。  ただ、巨大鶏の咀嚼はいい加減なのか、全てがミンチというわけではない。中には形がほぼ残っているものもある。  中には中途半端に喰われたまま顔の半分だけが残され残り、三分の二ほど骨が見え、腸が外に飛び出してしまっているものなどもいた――  しかも、モニターを見ていた中には、被害にあった選手の関係者もいたようでその場は更に騒然となっていた。  発狂寸前の家族の姿も見られ、どうせ演出か何かだろうと高をくくっていた人の中にも動揺が見られはじめた。 『い、いえぇ、いぇええよぉおお……』  画面の中、コース上では、まだ息をしている選手の姿もあった。かなり啄まれている上、腕や足の一本や二本、失っているようなのがあたりまえだが、息はしている。 「健一! あれは弟の健一よ! お願い誰か助けて!」 「うちの岬もあの中に!」 「おい、あれ山口だろ。まだ生きてるよ!」  生きている選手の家族や関係者が立ち上がり、指をさして叫んだ。いますく救出にいってくれと助けを求める。  運営委員も携帯などで助けを呼ぼうと試みるが、何故か電波が全く届かなくなっており、備え付けの固定電話も通じない状態だ。 「くそ! だったら誰かとにかく早く助けに」 「ま、まってください。何か妙なことが――」  妙なこと? と責任者らしき男が視線をモニターに向ける。するとまだ息があると思われた選手たちの姿が変貌しその頭が鶏のソレに変化していった。ただし毛はなく内側の筋肉だけが顕になったような様相だ。   「コケッコォオォオォオオッ!」 「コケェェエエェエエコケェエエエェエエェエエエ!」 「コッキィィエイィイエイイエイイェエイエイ!」  人と鶏がどうかしたかのような姿――鶏冠もあるが肉体は赤くそして狂ったような声で鳴き鶏人間は駆け回った。 「なんなの、なんなのこれ! どうして! どうして!」  モニターに映るその様子に家族が発狂の声を上げた。大切に育ててきた我が子が化け物に変貌を遂げたのだ正気でいられるわけもない。 『コケッコー! これはこれは悲惨で哀れで惨めなチキン達だ。どうやら鶏ウィルスに感染したようでコケッコォオォオオオ! だけどきっと幸せなことデスよぉ。何せ半端者とはいえ我々の仲間になったのですからコケッコーーーー!』  何が楽しいのかコケコケと不快な笑い声を上げる鶏頭の鳥獣鬼餓。その間に駆け回っていた鶏人間達はコースの外に飛び出してしまった。  その様子に我慢のできなくなった選手たちの関係者が立ち上がる。 「もう我慢出来ない! 俺たちで助けに行くぞ!」 「で、でも今更言っても」 「でも、ま、まだ間に合うかも知れないわ――」  我慢できなくなった観客の何人かはそのまま競技場の出口へと向かっていった。  それを見ていた客たちの一部も立ち上がり、こちらは、もうこんなところにいられるか! と逃げ出そうと考えているようだが―― 「ぎ、ぎゃぁあああぁあぁあ!」 「いや、いやぁああ! なんで化物が、こないで、こないでぇ!」 「やめてぇ、食べないでぇ、こんなのイヤぁ……」  再び観客席が喧騒に包まれた。出ていった人々の悲鳴や、鳴き声、命乞いをする声が漏れてきており、その後、何かを咀嚼する音が聞きたくなくても聞こえてくる。  そして―― 「ば、鶏だ! 鶏の化物がこの外にも、あ、あぁああぁあああぁあ!」  一人が戻ってきて出入り口から身を乗り出し必死に訴えるが、その直後巨大な鶏の頭が伸び、人々に喰らいつきそのままズルズルと外に引きずり出した。  勿論その後残されたのは悲痛な叫び声だけである。 『コケッコー! 大事な事を忘れてましたよ。餌になるのは何も選手だけじゃないのです。だからそこから逃げようなんて考えないほうが身のため。チキンに喰われたくなければねぇ。何せチキンは人間が大好物だコケッコーーーー!』  鳥獣鬼餓を名乗る謎の人物の登場。そしてその口から飛び出た信じられないような内容。  しかし目の前で起きたあまりに酷い現状は、そこに残った人々にリアルだと信じさせるには十分であった――
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