第六話

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第六話

「こんなことが、あってたまるかよ……」  光が表情を暗くさせつつ呟いた。真っ先に飛び出した黒鬼高校のチームを追う形で、ペダルを回し続けるチーム山陸とチーム天王。  既にレースどころではない状況。しかもご丁寧に後方で犠牲になった選手から、競技場で起きた惨たらしい出来事まで、空中に現れたスクリーンのようなものでしっかりと確認する事が出来た。  一体それがどんな仕組みで映し出されているかなど選手たちに判るわけもないが、鶏のマスクを被った何者かが空中に浮かび上がったりするのだ。  今更そんな事気にするだけ無駄だろ。最もその鶏頭は突然その場から消え去ったりまた現れたりと落ち着きがないが。 「――全員落ちつけ、と、言ったところで難しいかもしれないが。とにかく、俺たちはこれより天王と共同戦線に入る」 「え? 共同戦線ですか?」  光が目を丸くさせた。すると山陸主将、不動大地の横で並走していた王 瞬促が大きくうなずいた。 「この状況だ。我々も仕方がないと考える。もはやどちらが先にゴールするかなど二の次だろう」 「確かに状況が状況だからそれも仕方ないかもね……」  流星のような髪型をした彗斗がこの提案に同意した。何せ喰うか喰われるかという状況が比喩でもなんでもなくなっている。  あの化物に追いつかれたが最後、待っているのは死だけなのだから、もはやレースで優劣を決めている場合ではないだろう。 「……俺は嫌だ。山岳賞は取る、譲れない」 「は? おい登! 何バカなこと言っているんだ状況考えろよ!」 「先輩方の言うとおりですよ。むしろ山こそ勝ち負けこだわってる場合じゃないですよ。喰われちゃいますよ~」  光が怒鳴り、後方で聞いていた後輩の類二が苦笑した。 「先輩、登くんの言っている事には僕も同意です。山岳賞の座は、僕だって譲る気はありません」 「白鈴、何を言っている? 先輩方も言っているがこれはもはやただのレースではないんだぞ?」    万能が理解できないといった顔で述べた。だが、中にはその考えに同調するものもいる。 「いいねぇ! その考えロックだねぇ! シェケナベイベー! 俺も乗ったー! 主将、この岩山もロックなロック合戦参加だイェエエエイ!」  この発言に光は頭を抱えた。 「クライマーというのは本当に山と聞くと状況が見えなくなって困る」 「すかしてんじゃねぇぞ光! こいつらがここまで言ってるんだ! ならお前だってスプリンターとしてやることがあるだろ!」 「あぁ、そういえばうちにも暑苦しい先輩がいたんだった……」 「な、テメェ先輩に向かって――」 『コケッコーーーーーーーー!』    些細なことから口論になりかけた光と大吾であったが、そこに再びあの不快な鳴き声が響き渡る。 「……またこいつか――」 「聞くだけで腹立たしくなるな」  不快感をあらわにする選手たち。だが、鶏頭のソレはかまうこと無く続けた。 『選手の皆さんコケッコー! いやぁお互い色々と策略を巡らせているようでケッコーケッコーコケッコー! だけど、ここで二点大事なお知らせだ! 先ずはこれ、競技場内の映像に注目だコケッコー!』  すると鳥獣鬼餓の声に合わせて空中に浮かんだスクリーンの画面が競技場内のフィールド部に切り替わる。  ソレを見た瞬間、今の今まで山岳賞を諦めきれていなかった登の目が見開かれた。  いや、彼だけじゃない、選手の全員の顔色が変わっている。 『コケッコー! 見てもらえれば判ると思うけどねぇ、こっちで勝手に選手一人に付き一人、生贄を選ばせてもらったのだよ。勿論、生贄は選手の一人一人と関係が深いものだけどねぇコケッコー!』  フィールド部には無数の柱が天に向かって付き上がっていた。その柱の一本一本に鳥獣鬼餓のいうところの生贄が縛り付けられている。  選手一人につき一人の生贄――このロードレースに参加しているチームは五十チーム。どうやら控えの選手は含まれないようだが、それでも一チームに付き七人の選手が走っている。つまりそれだけでも生贄の数は三五〇名に及ぶ。  柱の数も三五〇本ということだ。正直それほどの量の柱をどうやってと疑問に思うところだが、これまでのこの鶏頭の行動を見ればそれぐらいやってのけてもおかしくないという考えに行き着く。 「……姉ちゃん、何で」  だが、何より驚くべきはやはり柱に括られている生贄だ。鶏頭が言ったようにそれは全員にとって関係の深いものばかりだったのである。  たとえば登は本来なら写真を取るために移動していたであろう姉の山好(やまずき) 杉留(すぎる)である。  他にも光は自分の母親、山のライバルである白鈴は幼馴染の少女、もうひとりの楽はバンド仲間であり彼女でもある女性など――  それは選手たちを動揺させるに十分すぎるものであった。今の今まで山しか見えていなかった登、白鈴、楽でさえ顔色は一変している。 「お、お前、姉ちゃんを、姉ちゃんをどうするつもりだ!」 『コケッコー! せっかちだねぇ。でも安心することだね。この生贄は今すぐどうなるということではないのだよ。しかし――ここで大事な報告の二つ目だ!』  そこまで言った後、両手を大仰に広げ。 『コケッコー! ではこれまでの犠牲者の数を発表だ! 現在残念な結果に終わったチキン達は七五名! コケッコー! だから今からその七五名分の生贄に――餓鬼の餌になってもらうとするよコケッココココーーーー!』  な!? と走っている選手たちの目が見開かれる。  それは恐らく競技場内の観客にしても一緒だろう。  おい、やめろ! と大地が声を上げるが、鳥獣鬼餓には全くためらいがなかった。 『コケッコ~! さぁ、お食事の時間だ――』  低く冷たい響きが、コースを走っている選手たちの耳に、そして競技場内の観客に、更に――柱に括り付けられている生贄達にも届けられた。    中には一体誰が死に、誰が餌になるのかも理解していないのもいたが、しかし、突如三五〇本の柱の内、七五本の柱がズブズブと地面に埋もれていく。  当然だが、それに合わせて柱に縛られていた生贄達も地面に近づいていくこととなる――突如奇声を上げ、大量の鶏がフィールド内に侵入してきた。 「い、いや、なんで私なのいやぁああぁぁあ!」 「やめろ来るな、来るんじゃねぇ!」    生贄達の足が付くぐらいまで柱が埋まると、鶏が括っていた縄を嘴で裂き集団の中へ引きずり込んでいく。  まさに狂宴であった。生贄に選ばれた彼らは鶏の群れによって腹を引き裂かれ、臓物を引きずり出され、脳みそを啜られ、股を裂かれ生きたまま喰われていくのだった――
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