第八話

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第八話

「まさか。流石の俺もそこまで呑気じゃない。それに俺たちだって怖いんだ。あんなもの見せられて……正直気がどうかなっちゃいそうだ」 「そのわりに結構落ち着いているように見えるけどね」  彗斗が困ったような笑顔をのぞかせつつ、チーム蒼海のメンバーを見た。  確かに、槍を中心に一糸乱れぬ連結状態を続け無心でペダルをこぎ続けている。 「槍くんがいるから――彼の背中を見ているだけで、私なんかは安心できちゃいます」 「ちぃい待ったーーーー! な、なんで女がそっちにいるんだよ!」  ここで天王の鳥山兄弟、その兄である雀の方から突っ込みが入った。   「おいおい、気持ちはわからなくもないけどな。乙 芽衣(おと めい)はこれで男なんだぜ?」  鞘が彼に変わって答える。  お、女? と山陸の火神が目を丸くさせた。何せ彼は見た目で言えれば確かに女そのもの。髪の毛も背中に達するぐらい長く艶があり炭を塗ったように美しい。 「ほ、本当です。私、よく誤解されるのですが」  あわあわ、と言った様子で答える芽衣はその仕草すらも女子っぽかった。しかもかなり可愛い系の。 「……いい」 「は? え? お前何言ってるの?」 「…………」  頬を染めて一言だけ呟くは、鳥山兄弟の長身の方、弟の鷲男であった。   「まぁとにかくだ。うちは槍がどんっと構えてくれているからまだ落ち着いていられる。それに、このレース俺たちが何をすべきかもはっきりしている。だからこそ槍がいることが武器になる」 「何をすべきか? もはやレースでも何でもないこれでか? 正直俺も一体何で必死に自転車をこいでいるのかわからなくなってるほどなんだが」  疲れた顔で光が述べる。 「それは恐らく、天王さんと山陸さんの主将も判っているのでは?」 「……あぁ、確かに。だが、ある意味では希望的観測でしかないが」 「だけど、可能性は高いと見るべきだろ。そうでなければ敢えてあんな事をいう必要がない」 「……それは一体、どういう事だ?」  ここでようやく沈黙を破って登が口を開いた。今の登の気持ちは姉を助けること、それだけに傾いている事だろう。 「あの時、鶏頭が言っていた事を思い出せ。アレは言った。俺たちが助かる方法は唯一つ、ゴールに辿り着くことだけだと」  それを言われ、登頭に? マークを浮かべた。どうやら覚えてなさそうだ。 「いや、確かに言っていただろう。あいつの声は一応全員に届くようになっていたしな」  目を細め登へ光が伝える。  むぅ、と唸る登だが。 「うん、確かに僕もそれは聞いたよ」 「……白鈴が言うなら信じる」 「おい!」  光が唸るように突っ込んだ。こういったやり取りでも多少は気分が紛れるのか、その場の皆に少しだけ笑顔が取り戻される。 「全く。だけど、あんな化物の元締めみたいなのの言うこと信用できますかね?」 「断言は出来ない。だが、今はそれしか手がないのは確かだ」 「何よりアレはこのゲームを楽しんでいる。腹立たしくもあるが、そういった奴は自分の定めたルールは守るものだ」 「――あの時、あの鶏冠は助かりたければゴールしろと明言した。そこに人数の制限はない」    更にここで槍が大事な事を述べる。話に参加する気がないのかと思われたがそういうわけではなさそうだ。 「いいねぇ! ロックだねぇ! つまり俺たちはあの餓鬼とかいう化物から逃れ、ゴールに到着すれば柱に囚われた俺の彼女なんかも含めて助かるってわけだ!」 「え! 楽先輩彼女がいたの!?」 「正直うらやましい」  鳥山兄弟が驚いている。どうやら初めて聞いたようだ。 「とにかくだ、ここからゴールを目指すにしても300kmオーバーという超ロングランンになる。それを一日でだ。そうなると、皆の協力は不可欠だ」 「ふむ、皆のというとこの三チームでということか?」 「違う。これはもはやレースじゃない。とにかく生き残ることを最優先にしないといけない。恐らく前を走る黒鬼もそれにはすぐ気がつくだろうが、こっちはこっちで後ろとの合流も――」 『コケッコーーーー! 皆さんにここでまた報告だ! 更に今七人が脱落! 同時に柱もドン! 生贄達がいい感じに泣き叫んでくれているのはいいけど、このままじゃすぐに終わってしまうのだよ。幸い今回はチームでの脱落者はいない。せめてもう少し頑張って欲しいところだねぇコケッコー!』  モニターに後ろの集団が捕まり喰われていく様子が映し出されていく。そして選手が死ねば柱も落ち、生贄となった人々も群がる鶏によって貪り食われていく。  多くのメンバーが思わず目を背ける、が、その様子を槍だけはしっかりと見続けていた。 「お前、こんなもの良く見れるな……」 「しっかり見なければ見逃すものもある。だが、まずい。後方の集団は統率がとれていない。全員がバラバラだ。このままじゃ全滅するのも時間の問題だろう」  槍の発言に、王と不動も顔を上げた。そして状況を掴んだ後、確かに、と首肯し。 「主将を務めながら、現実から目を背けてしまった。情けない話だ。確かにこのままでは後方集団の命が危ない――だから、俺が引きに戻る」 「え!? 本気ですか主将!」  驚愕する光。この状況でわざわざ捕食者の下へ戻ろうというのだから、普通に考えれば正気の沙汰ではない。 「それなら私も付き合おう。引くなら少しでも多いほうがいいよ」 「ちょっと待ちなよふたりとも。それはちょっとないんじゃないかな~?」  二人の会話に割り込んだのはチーム天王の三年、雁須磨 輝煌であった。  彼は自慢のサラサラ髪を掻き上げながら独特なポーズをロードバイクの上でとりつつ言う。 「この僕はカリスマ性ナンバーワンの男だよ。後ろからレースを支配できるのは僕の特権。それを奪わないで欲しいかな」 「輝煌……」 「それに、主将はチームの柱。万が一にも脱落なんて事になってもらったこまるんだよ。それは山陸の主将にしても一緒。だから、ここは僕が下がるよ。ふたりはここでどっしりと構えていると言いってこと」 「しかし、共同戦線をはろうと言った傍からこちらから誰もいかないなんてことは……」 「それなら俺が行く。後ろを引くなら優秀な風よけが必要だろう?」  ここで名乗りを上げたのは大頭 仁。暴風防壁の異名を持つ山陸の守護神だ。 「仁……しかし、いいのか? お前だって――」  チラリと上に浮かぶスクリーンを見やる不動。生贄は当然この仁にもいる。 「――母親がな。だが、今は自分の事ばかりを言っている場合ではない。それに、だからこそ簡単に喰われてやるつもりはないさ」 「ははっ、それは僕だって一緒だよ。僕は尊敬してる姉様が捕らえられているんだ。だけどね、僕にとっては女の子みんながお姫様。彼女たちを悲しませない為にも、絶対ゴールにまでたどり着いてみせるさ」 「ねえ、ちゃん……」  登の表情が変わる。そして決意を胸に、俺も! と声をあげようとしたが。 「バカ野郎だ! お前が下がっていいわけないだろが! 山道が続くのはこっからだ! 逆だって苦しくなる。その時にクライマーがいなくてどうするよ!」  吠えたのは火神だった。そして主将を見やり、俺も行くと告げる。 「火神……」 「いいだろ? ふたりだけであの集団を引っ張るのは無茶な話だ。俺だってオールラウンダー。やるさ」 「それなら俺にも行かせてください主将。身体の大きなのがもうひとりいればだいぶ違いましょう」  名乗りを上げたのは万能であった。多少は迷った不動と王であったが、確かにここは後ろで引く組と黒鬼を追いかけて合流する組とに分かれた方がいいだろう。 「それならうちからは一年ふたりをつける。一年とはいえアシスト役としては優秀だ」 「ありがとう助かる――」  こうして山陸、天王、蒼海からふたりずつで後方の集団を引く事が決まり、彼ら六人が徐々に後ろへと下がっていった。  それを見送る残りメンバーの顔にはとにかく無事戻ってきてほしいという願いが込められていた。
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