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第九話
後ろの集団を引くために敢えて下がっていった山陸、天王、蒼海の六人。
一方先行メンバーとして残った三校は引き続きチーム黒鬼を追い続け――間もなくしてその背中を捉えた。
尤もこれはもはや普通のレースではない。黒鬼高校の選手達もそれは理解していたのだろう。後ろから三チームが追い上げてきても特に速度を上げる事はなかった。
「よう、やっと追いついてきたな」
「真っ先に逃げに徹しておいてよく言う……」
チーム黒鬼のリーダー、黒井 豹が後ろを振り返りつつ声を掛けてきたが光は不機嫌そうであった。
「俺たちは色々と危ない橋を渡ってきたからか、危険な気配には敏感でね」
光が眉をしかめる。やはりこいつらは油断できないと考えたのかも知れない。
「色々思うところはあるだろうが、ここから先協力は不可欠だと思っている。このレースはとにかくゴールにさえたどり着けられれば生き残れると考えて良いだろう。それれあれは全員で協力して一丸となってゴールを目指した方がいいと思うのだが?」
「……あぁ、勿論俺たちにだって依存はないぜ。こんな状況だ。互いに助け合わないとな」
横に並び提案する不動にニコリと微笑む豹。だが、光はすぐに、ちょっと、と主将を呼び。
「――本当に信じて良いものでしょうか? だってあいつらあの黒高ですよ?」
そう耳打ちする。黒鬼高校の悪名は日本全国に知れ渡っている。何せしょっちゅう全国ニュースで流れるような問題を起こしている高校だ。
このインターハイに出てきたのも本来は信じられないほどだ。正直とてもまともに部活動に取り組むタイプには思えない。
「しかし、彼らだってこのインターハイまで勝ち残ってきたロードレーサーだ。それに一日目の奮闘ぶりを見るに真面目にレースに取り組んでるように思える。そもそもこの状況で争う意味もない」
「そ、そりゃそうかもしれませんけど」
「……光は性格がひねくれている」
「な!? お前にそこまで言われる筋合いじゃねーよ!」
「え~? でも登くんは愚直なまでの山好きだし、性格はむしろ真っ直ぐだと思うけどね」
白鈴までもがまるで光の根性は曲がってるような言い方をしてきたため、むぐぅ、と唸る。
「シェキナベイベー! 例え相手が誰であれ、ここで協力するのもロックだと思うぜ!」
「ロックか! いいねぇ! そこが痺れる憧れるぅ!」
ここで楽に同調するように高い声を上げてきたのは件の黒鬼高校の一人であり。
「おっと、俺の名前は来蘭 雷よろしく痺れてくれよ!」
「ま~た随分と個性的なのが現れたにゃ~」
「……にゃ~? そっちもそれなりに個性的だと思うが……」
蒼海の鷲男が言う。楽とノリがあいそうな方は金髪をハリネズミのようにセットしており、奇抜な髪型という意味でも楽と似ている。
大鷲に関してはどこか淡々としているが、蒼海の先頭を走る男子も淡々とペダルを回し続けていた。
『さてさて皆さん、チキンデースも始まって間もなく三十分が過ぎようとしております。早いものでございますがいかがお過ごしでしょうかコケッコー!』
また鶏頭が姿を見せた。声を聞いていてもイライラしか募らない一行だが。
『どうやら現在、後方集団と先頭集団とにわかれてるようですが、本来なら先頭は逃げに徹するところをペースを保って移動している辺り、狙いは合流ってところでしょうか? それはそれで結構結構コケッコーーー! ですが一つだけ忠告させて頂きますよ。本当にそんなにのんびりしていていいのか、と』
「なんだ? どういう意味だ?」
『ここから三十キロメートル先――第一の補給スポットがある。さて、今現在その場所は、この通りの状況なので~すコケッコー!』
スクリーンに映し出された補給所の様子に愕然となる一同。
なぜならその場所にはしっかり補給場所が設置され、選手をサポートするための各校の部員やマネージャー、その上、沿道には選手を応援しようと集まった人々の姿。
「馬鹿な! 何故この状況で落ち着いて観戦なんてしていられる!」
スクリーンに向けて王が叫ぶ。当然の疑問だ。競技場内にいる人々は鶏のこともあり出ることが出来ない。それは判る。しかし競技場から出ていた応援団達であればまだ逃げ出すことも可能だったであろう。
『釈然としないといったところのようですね。ですが難しい事ではありません。単純に競技場から出てこの補給スポット周辺に向かった人々には現在の状況など一切伝わっていないのです。だからこそこうして選手たちの到着を待っていられるわけですコケコケコケッコーーーー!』
「くそ! なんて奴だ!」
不動が憤懣やる方ないといった様相で呻いた。ここまで主将が感情をむき出しにするのを見たのは、光も初めてだったかも知れない。
『さて、重要なポイントはここからです。よく聞いておくことをおすすめします。今現在競技場から今回のゲストが外に出て、急いで補給スポットに向かっています。そのゲストとは、これですコケッコー!』
場面が切り替わると――先頭集団の多くの顔色が変わった。
何せ画面に映し出されたのは群れをなして移動するあの鶏化した元選手であったのだから。
『さぁここまで見ればもう理解できますね? 百鬼夜行改め百鶏昼行とでも言いましょうか? そして彼らの目的は当然餌! 餌なのです! コケッコーー! これを防ぎたければ、残り二五キロを連中よりも早く駆け抜け、生贄達を逃がす他ない! だが安心して下さーい! 私も鬼ではない。今回に関しては補給スポット周辺に集まってきた選手以外の餌に関しては、上手く逃げおおせれればそれで良しとしましょうコケッコー! さぁあの哀れな生贄をチキンから守れるかどうかは先行するお前たち次第だーーーー! コケケケケケケケケケコケッコーーーー!』
とんでもない宣告。鳥獣鬼餓の言うとおりなら、いやきっと間違いはないだろう。スクリーンにだって表示されている。
問題は鶏人間たちが着くまでの時間だ。
「お、おい! それであの化物は今一体どこに、て! くそもう消えやがった!」
雀がハンドルを殴りつつ、呻く。相手との距離が測れなければどの程度のペースで走るべきかが判らない。
今のペースで間に合うのか、それとも速度を上げる必要があるのか……。
「――川が見えた」
「え?」
するとチーム蒼海の一人、今まで殆ど口を開かなった先頭の彼が発し。
「あの流れ、大きさ――あの鶏の集団はこのコースより下がった場所。ただ、もしあの鶏人間というのが獣道でも物ともしない足腰を持っているなら斜めに突っ切ることが出来る。最速で四〇分程度で着くかもしれないぐらいは考えていた方がいい」
「四〇分、だって?」
光は驚愕する。平均時速四五キロで走ってぎりぎりといったところだ。余裕を持つなら五〇キロは欲しい。だが、プロでさえ二〇〇キロメートルを超えるロングランで平均時速四〇キロを割ることだってある。
おまけに平地はそろ終りとなり、ここから標高差六〇〇メートルの最初の山をせめなければいけない。
条件があまりに悪すぎた、が。
「――王、頼めるか?」
「フッ、流石不動だな。冷静さを取り戻したようだ。判った、だが山でのサポートも必要だな、白鈴、楽」
「はい、勿論、必ず主将を届けてみせますよ」
「シェケナベイベー、主将を無事届けるのロックな仕事だぜ!」
「うちから、登、いけるか?」
「……勿論!」
鼻息を荒くさせる登。生贄の事はとにかく一旦別とし、今は補給スポットの人々や部員を助けるのが先決と考えたのだろう。
「なら俺も! 平地なら俺だって……」
「待ってよ。光はまだまだ、先のために脚をためておいて。だから、僕が行こう。いいよね大地?」
「彗斗、あぁ、勿論だ。頼む」
「……悪いな。俺たちも付き合いたいところだが、俺たちルーサー四天王は槍のためだけに存在している。槍を動かすと決めた場面までは出せない。だが、そのかわりこの位置ではサポートに回らせて貰う」
「俺らもまだまだうごけない。それに山陸と蒼海が出るなら俺たちが出たところで邪魔だろうしな」
蒼海はともかく、黒鬼の態度には釈然といかないものがある光であった。
だが今は四の五の言っている場合ではない。とにかく彼らに任せなければ――
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