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「もしかして、靴擦れしたのでは?」
男性は少し困ったように笑いながら、マーガレットに声をかけてくる。
……こういうとき、どういう風に答えようか。
そんな風に思いながらマーガレットが眉を下げていれば、男性は「迷惑、でしたでしょうか?」と言いながら肩をすくめた。
「い、いえ、そういうわけでは……」
ゆるゆると首を横に振りながらそう言えば、彼は「ですが」と言葉を漏らす。そのため、マーガレットは必死に首を横に振り、「そ、そういうわけでは、ないのです」ともう一度繰り返す。
そして、ようやく真正面からこの男性の顔を見つめたとき、マーガレットは気が付いた。……その鋭い黒色の目を持つ、気品に満ち溢れた男性。
(この男性、もしかして――……!)
思い浮かんだ可能性に、一気に血の気が引いていくような感覚だった。ぞっと蒼くなるマーガレットに対し、男性は「相当調子が悪いのだ」と判断したらしい。「失礼」と一度だけ声をかけると、マーガレットの身体をふわりと抱き上げる。
「……え?」
たったそれだけの行動で、マーガレットは戸惑った。どうして、自分はこんな風に男性に抱きかかえられているのか。そう思い目を回すマーガレットを他所に、男性は「少し、外に行きましょうか」といってかつかつと歩いていく。
その様子を、周囲の人たちは驚いたように見つめていた。
そりゃそうだ。先ほどまで嘲笑していた相手が――極上の男性に抱きかかえられているのだから。
(いやいやいや、どういう風の吹き回しですか!?)
心の中でそう思い、マーガレットは彼の顔を見つめる。……漆黒色の髪。漆黒色の鋭い目。端正な顔立ちは彫刻のよう。少しがっしりとした体格に、高い背丈。年齢は三十手前に見える。
――やはり、間違いない。この男性は。
(クローヴィス・オルブルヒ様!?)
このメラーズ王国の筆頭公爵家オルブルヒ家の現当主に、間違いない。
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