八重歯の不審者

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八重歯の不審者

 小さくない被害を各地に残した台風が過ぎ去った翌日。俺はいつも通りに起床し。通学の為に電車に乗り。駅から高校まで歩き自分の教室に入った。  その瞬間、教室内の空気が張り詰めたものに変わる。既に教室内にいた数十人の生徒達の視線が俺に向けられる。  クラス内の各所からささやき声や嘆息が漏れ、それは俺が自分の席に座ってからも続いた。すると 、一人の女子が数人の取り巻きを引き連れて俺の前に近寄って来た。  そして、万人を魅力する可愛らしい笑顔を俺に向けた。 「おはよう。草臥(くたび)君。今日のお昼なんだけど良かったら一緒に食べない? 草臥君の為にお弁当沢山作ってきたの」  俺をランチに誘って来たのはクラスメイトの清田 さやか。黒髪ロング、スタイル抜群のクラスで一番の、否。学年でもナンバーワンの美人だった。  清田さやかは両手に持ったうさぎのキャラクター入り弁当袋を俺に嬉しそうに見せる。俺はその清田さやかに口の端を吊り上げて見せた。 「はぁ? なんで俺がお前みたいなブスとランチしなくちゃいけないんだよ。鏡見て出直せよこのクソブス女」  俺のこの一言で、再び教室内が凍りつく。清田さやかの表情は笑顔から半泣きへ激変し、取り巻きに支えられながら自分の席に戻って行った。  断っておくが俺はサディストでは無い。女に興味か無いゲイでも毒舌家でも無い。清田さやかは学年一の美女であり、その佳人に誘われて嬉しくない男子はいないと理解も出来る。  だか、俺は彼女の誘いを受ける訳には行かない理由があった。それは過去の自分への約束であり誓いだった。  ······いや。自分を取り繕うのは止めよう。これは復讐なのだ。俺をこれまで虐げて来た女達への。いや、この世界への。  俺の名前は草臥損(くたびそん)十八歳の高校三年生だ。ツッコミ所満載のこの名前は取り敢えず割愛して、俺は一言で言うと「生まれてきてすいません」レベルの容姿だった。チビ。デブ。ブサイクの三重苦。  いや。頭も良くないし家は貧乏だから五重苦か? とにかく幼少の頃からわかり易いくらい過酷な日々を送って来た。  いじめ。嫌がらせ。心無い罵詈雑言。俺がそれらを苦にして自殺しなかったのは奇跡と言えた。心の拠り所としたゲームやアニメがなんとか俺を現世に踏み止まらせてくれた。  クラスの男子も女子も平等に俺を虐げた。だが、俺は何故か男子よりも女子を憎んだ。何故だか自分でも上手く説明出来ない。  男子は殴る蹴るなど身体的表現で俺をいじめた。それはある意味、裏表が無くシンプルだった。だが、女子達は遠巻きにそれを眺めて薄ら笑いを浮かべて小声でささやき合っていた。  何故だろうか。そのやり口は俺の心を深く傷つけた。俺にとっては身体より心のダメージのほうが大きいのだ。  現実世界には何の希望も抱かず、俺はひたすら二次元の世界に逃避した。それを咎められる者が存在するだろうか? 「いいねえ! その「生きる希望がぜんぜんありましぇん」って顔! そそられるねぇ。気になるねぇ 。放っておけないねぇ!!」  部屋でアドルトゲーム「蹂躪白書」のお気に入りキャラクター、桃香色香(ももかいろか)の半裸姿を見ながら自家発電をしていた俺の背後からその声は聞こえた。  驚愕。露出した下半身をトランクスに収納。後ろを振り返る。俺は十八年の人生で最速の機敏さでこの三つの事を同時にやってのけた。  人生最大くらいに焦っていた俺の目の前には、 大口を開けて笑う不審者が立っていた。その口の中には、見事としか言いようが無い八重歯が威容を誇っていた。  
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