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「お疲れ様でした」
「うぅ……卯花さん……」
「はい」
涙を雫す渡谷さんを、自分の腕の中へと招く。
「すみません、アラサーなのに泣き崩れてしまって……」
「どんなに年齢を重ねても、泣く方は泣くと思いますよ」
「そうでしょうか……」
「渡谷さんは声優なんですから、感受性が豊かな方が得なのでは?」
彼女が、独りじゃなくて良かった。
彼女が泣いているとき傍にいるのが自分で、本当に良かった。
彼女を独りきりにさせたくない。
これからの人生、彼女の涙を拭うのは俺でありたい。
「作品は終わってしまいますが、渡谷さんのように作品を愛してくれた方は確かに存在します」
作品に関わってくれた人たち全員に食べていってもらいたい。
そう願っていたって、現実は数多くの作品たちを戦わせて勝敗を決めていく。
「作品を愛した気持ちを誇ってください」
負けてしまった作品は、滅多なことが起こらない限り2度と製作されることがない。
資金力のある大手企業だったらユーザーの信頼を取り戻すってことができるけれど、中小企業は1つの作品の負けで信頼そのものを取り戻すこと自体が難しくなる。
「ユーザーの皆さんと一緒に」
だからこそ、ゲームを製作する側も必死になる。
先輩の業務を引き継いだとき、適当に仕事をしようとしていた自分を省みる。
あの頃の自分には必死さが足りなくて、まだ声優デビューを果たして間もない渡谷さんに活を入れられた。
「卯花さん、さすがはプロデューサーさんですね……」
「俺にもダメな時代がありましたよ」
「それは嘘ですよね?」
「本当です」
彼女の涙が落ち着きを見せる頃、彼女は自然と口角を上げていった。
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