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「凄く悔しい……凄く悔しい! 凄く悔しいです!」
ローテーブルに頭を伏せるように、渡谷さんは自分の気持ちを吐露していく。
口角が上がるようになってきたから、もう大丈夫だとは思う。
顔が見えなくても、大丈夫と悔しいの2つの感情を声でだけで伝えることのできる彼女はプロの声優らしいと心から思う。
「思う存分、気持ちを溢溢してください」
キャラクターに命を宿す側の声優が、こんなにも悔しさ抱いてくれているとは正直思っていなかった。
渡谷さんは特別、作品に対して思い入れを持つ人間なのかもしれない。
それでも、製作陣が真っ先に抱く『悔しい』という感情に、こんなにも共感してくれる人が傍にいることに驚かされた。
新人声優の頃に多くのアプリゲームに出演してきた結果が、もしかすると彼女の今なのかもしれない。
「卯花、さん?」
渡谷さんの頭を、そっと撫でる。
顔を上げる動作が遅れた彼女は、もしかすると泣いてくれたのかなと思った。
でも、すぐに彼女は顔を上げて、もう大丈夫ですという微笑みを向けてくれる。
だったら自分は、彼女の大丈夫に乗っかる。
渡谷さんが駄目になることがあったら、そのときは全力で彼女を支える。
もう、悲しい涙を渡谷さんには流してほしくない。
渡谷さんの人生は、喜びや幸せの涙で彩られてほしい。
「ふふっ、いつもの卯花さんです」
顔を上げた。
俺の顔を、見てくれた。
彼女は笑って、俺を迎えてくれた。
「プロデューサーとしても、卯花杏介さんとしても……」
職業的には、外野から声優の渡谷明莉さんを見守っていくことしかできない。
でも、彼氏としてだったら、渡谷明莉さんの傍にい続けたい。
彼女のことを支えたい。
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