高能訪問編①

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高能訪問編①

「もう私のことは忘れてほしい。」 あの人はあの夜、そう言って去って行った。そして、再び鎌倉に戻ってきたのはあの人の訃報と裏山に作られたあの人の墓。  あれから10年あまりがたった。幼かった大姫こと一幡ももう16の女性になった。この時代、16ともなれば立派な大人で、結婚して子供を儲けていてもおかしくない年齢であった。しかし、最愛の人、義高を亡くした一幡はいまだにその悲しみから立ち直れず、多くの縁談を断ってばかりいた。 「私は絶対に嫁いだりはしません。そんなことをするくらいなら私は淵に身を投げます!」 新たな縁談話に対して一幡はそう言い返した。縁談を断り続ける一幡に頼朝は頭を悩ませていた。 「姫はどうしてあのように強情なのだ。此度の相手は一条高能殿で、我らにとっては親戚にあたる家で、ご気性も穏やかだと聞くから姫にとっては悪くないと思っていたが…」 「それでしたら一度高能殿を鎌倉にお呼びになったらいかがですか?」 政子が思いがけない提案をした。 「私、思うのです。直接会わなければ相手を完全に理解できないと。高能殿と会って共に過ごせば高能殿の優しさに触れて大姫ももしかしたら心を変えてくれるかもしれません。ほら、義高殿と大姫も元々はあなた様が決めた政略結婚だったけど、実際に会ったら2人は仲良くなったではありませんか。」 政子はこれ以上良い案はないと言った顔をした。 「でもなぁ…何か大事な用で呼び出すならまだしも、そのような理由で勝手に呼ぶのもなぁ…」 頼朝は困った顔をした。 「高能殿はいずれはお父上の跡を継いで京都守護になられるお方。京都守護は京と鎌倉をつなぐ大事な幕府の役職。だから将来のために鎌倉を視察するというのはどうでしょう?」 政子は体を頼朝に寄せる。 「…視察?」 「表向きはそういうことにすれば良いのです!」 政子はさらに頼朝に顔を近づけて目を輝かせる。 「…なぜお前はそんなに積極的なのだ?」 頼朝は目を細めて政子を見た。 「あちらの家は大姫の病のことも全て受け入れるとおっしゃっているのでしょう?今のあの子は下手にどこかの他家へ嫁にやるよりこちらの事情を理解してくれる親族に嫁がせた方が良いと私も考えておりました。だから是非今回の縁談は上手くいってほしいのです。」 「…大姫は納得してくれると思うか?」 「そこは私があの子を説得します!とにかく高能殿を鎌倉に呼びましょう」 こうして一条高能が鎌倉に来ることになった。 「高能様が来る?鎌倉に?」 床に就いていた一幡に早速政子は高能来訪の報告をした。 「そんな…私は断ったはずなのに…」 一幡は困った顔をしながら上半身だけを起こした。 「もちろん、無理に夫婦になれとは言わない。でもね、あちらの家は今のお前の気持ちを受け入れるとおっしゃっているの。これはとても良い縁談だと思うから高能殿に実際に会ってから考えても良いと思うの。高能殿に会ってもお前の気持ちが変わらないのなら、断ってもいいし…」 一幡の気持ちは困惑した。 (そんな・・・私には義高様が・・・でも・・・私だってわかってる。このままいつまでも後ろばかり向いてはだめだと言うことが。それに、きっと父上はどんなに私が拒んでも縁談が自分にとって有利になるものと思えば無理にでも私を嫁がせる。どの道、私の思いなど無視されてしまう・・・あのときみたいに) 一幡の頭の中に義高の顔が浮かんだ。 「わかりました。私、高能様に会います。」 一幡は話を渋々承知した。 「大姫。父上を恨む気持ちはわかるけれど、父上はこの世の理にあくまで従っただけ。武士の頂点に立つ鎌倉殿が敵の嫡男を生かす訳にはいかなかった。だから父上も悪気があって義高殿を殺した訳ではないのよ。わかってちょうだいね・・・いいえ、その前に私があの時もっと上手く義高殿を逃がしていれば・・・」 一幡の表情を見ながら政子は辛そうな顔をした。 「・・・母上、私は別に父上を恨んでなんかいません。ただあの時、今まで優しいと思っていた父上が目的のためなら平気で人を殺す人だって初めて知ったのです。私はそれが悲しい・・・ただそれだけ・・・」 一幡は紺碧がどんどん雲で覆われていく空を見ながら言った。 (義高様のことだからきっと途中で逃げるのを諦めたのよ・・・きっと・・・家族もいない世界で生きても仕方が無いと思って。そういう人だから。義高様は言った。自分を忘れろと。他にも良縁があるからと。義高様が私の幸せを望んでいるなら・・・)
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