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高能訪問編②
「一条高能様がやってくる?」
そう言ったのは幕府の御家人、海野小太郎幸氏であった。幸氏は友人である桃井義助と雑談をしていた。
「なんだ。お前、知らないのか?表向きは視察ってことになっているけど、許嫁である大姫様との面会だってもっぱらの噂だぜ。」
だからここ最近の姫様はいつも以上に元気がなかったのか・・・と幸氏は思った。幸氏は元々は木曽義仲に仕える武士で、義高の従者であり親友でもあったが、義高の死後は幕府の御家人になっていた。一幡と幸氏は義高が鎌倉にやって来た頃からの幼なじみにあたる関係で、義高の死後に心を閉ざすようになった一幡は唯一幸氏には心を開いており、そのため頼朝の意向で幸氏は今でも一幡のそばにいることが多い。
「でもさ、肝心の姫様は亡くなった木曽殿のことがまだ忘れられないっていうじゃん?どうせ今回の縁談も破談になるって俺は思うけどな」
「…」
幸氏は義助の言葉に特に返す気がなかった。
「小太郎、お前はやはり鎌倉殿のことを恨んでいるのか?」
幸氏は義助の問いかけを聞いて曇り空を見上げた。
「・・・さあな。今まで色々ありすぎて憎しみすら消えてしまった」
幸氏はあの夜、御所を去って行く義高を思い出した。義高は幸氏に一幡を頼むと言った。
(木曽の家が滅びて義高様が死んだとき確かに私も一緒に死んだ。だから今の私には若の忘れ形見である大姫様を守ることが生きる意味。大姫様が生きてくれるならそれで良い。たとえ姫様がこのままあのときの傷を癒やすことができなくても生きててくれるなら・・・)
幸氏はその後、一幡の部屋に行った。
「姫様。お変わりありませんか。」
「あぁ。小太郎」
一幡はいつもと変らない笑顔を幸氏に見せた。一幡はきっと今まで寝ていたのであろう。幸氏が来ると上半身だけを起こし、傍には膳があったが、食事には手がつけられていなかった。
「姫様。少しでも食べてくれないと。人間は食べないと生きていけませんからね」
幸氏が残された膳を見ながら言った。
「でも、お腹などすいてない」
そう言って一幡はまた暗い顔をする。
「やはりお嫌なのですか?一条高能様がいらっしゃることが」
幸氏は思いきって一幡の今現在の悩みの種であろう話題を口にした。
「…そんなに嫌なら断れば良いのに」
「・・・いつまでも後回しにはできないでしょう」
一幡は幸氏の思っている以上に落ち着いた表情をしていた。
鎌倉の御所には高能が到着していた。まず初めに高能は頼朝と顔を合わせた。
「一条高能と申します。鎌倉殿・・・いえ伯父上、確か以前伯父上が京にいらっしゃったときにお会いしたことがありましたね。」
高能は貴公子らしい笑みで挨拶をした。
「あぁ。ずいぶん立派になったな。」
頼朝は娘の夫になり得る人物を見定めるかのような目で高能を見た。
「…長旅で疲れただろう。今日はゆっくり休まれよ。」
そう言って頼朝は話を切り上げようとした。どう見ても会話が終わったように感じられた高能は
「あ、あの…ところで、大姫殿は?」
と恐る恐る今回の訪問の目的を話題に挙げた。
「私は今回、大姫殿のお相手をすると聞いて…できれば早く大姫殿に挨拶をしたくて…」
高能はどこかに一幡がいないか辺りをきょろきょろした。
「悪いが、あの子は今日は体調が優れぬから休ませている。明日には会わせてやるから安心せよ」
頼朝が答えた。高能はそのまま頼朝の部屋を出て、用意された部屋に入った。部屋に1人きりになると高能の表情がいきなり崩れる。
(あーー、緊張した。鎌倉殿って顔が怖いな。いや、端正な顔はしているけど、人を何人も殺めているような顔をしている…いや、実際そうなんだろうけど)
高能は震えながら頭を抱えた。
(くそ、なるべく早く仲良くなろうと思ってたのに肝心の姫は体調不良かよ!大体私は女が苦手なんだ!苦手なのによりによって昔の男を忘れられない面倒くさい女か…でもな、鎌倉殿も父上もこの縁談にはなぜか期待しているからな…今回の鎌倉行きは断りたくても断れなかったし…相手が嫌がってるなら破談にすればいいし、どうしても夫婦にしたいなら無理矢理話を進めればいいものを…全く面倒くさい…姫一人のためになぜ私を動かす必要がある…)
高能は1人で途方に暮れていた。
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