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高能訪問編③
(なんで会えぬのだ・・・)
高能が鎌倉に来てから早七日・・・未だに高能は婚約者とも言える一幡に会えないでいた。
(鎌倉殿はいつも姫は体調が優れないと言うばかり。このまま会えなかったら私はなぜ鎌倉に来たのか・・・)
高能はいつまでたっても会えない一幡にもどかしさを感じた。
「…それで、いつ大姫殿にお会いできるのですか?」
高能は思いきって頼朝に直談判した。
「今朝言った通りだ。あの子は今、体調が優れない。」
頼朝はいつも通りの返事をする。
「姫の病はそれほど深刻なのですか?病なのは仕方がないとしても、私は姫に会うためにわざわざ鎌倉に来たのですが…その肝心の姫に会えなければ私はわざわざ何のために鎌倉に来たのか…」
高能はおどおどしながら思いきって本音をぶつけた。
「…姫の病は体ではない、心だ。義高のことは聞いているな?昔人質として姫の婿になった奴だ。義高を死なせたのはこのわしだが、姫はいまだに義高を慕い、その死から立ち直っていない。もう何度も縁談を断っているから、お前に会うことで今回の縁談は是非成功してほしいと思っていたのだが・・・」
「・・・そ、そんなにお慕いしていた方ならいっそのこと姫を仏門に入れてみたらどうでしょう?一途な姫には一生好きな方の菩提を弔う生き方が合っていると思いますが・・・」
真剣な提案と見せかけてこの高能の発言には裏があった。
(面倒くさい女なんかごめんだ。早く縁談を解消して私はさっさと京へ帰ってやる)
「そういう訳にはいかない。女は家同士の同盟に使えるからな。もう一人、三幡という娘もおるが、あれは病弱で駒として使うには少々危なっかしい。いくら扱いづらくても大姫にはどこかに嫁いでもらわなければ・・・」
頼朝の予想外の応答に高能は気持ちが暗くなった。
「でしたら、なぜ我が家に嫁がせるのです?たしかに我ら一条の家はそれなりの家柄ですが、もっと良い嫁ぎ先があるのでは…」
高能はなんとか縁談を破断しようと躍起になっていた。
「お前の家と我らは親戚だ。特に京都守護であるお前の父は幕府と京をつなぐ役割を果たしている。その上でお前と姫が婚姻を結べば幕府と朝廷のつながりはより強固になる」
それを聞いてますます高能は落ち込んだ。
これ以上頼朝と話し合っても前へ進まないことを察した高能は自分の部屋に戻った。
(部屋に戻っても特にやることがないから暇だな。肝心の大姫もいないし・・・)
そこで高能は部屋を出てみることにした。
(京の私の住まいに比べたらここは自由だよな。行動の制限は特にないし、こうして私一人で自由に外に出られるのだから)
高能が外を散策しているといつの間にか御所の裏山に来ていた。高能はふと足を止めた。そこには桜の木と墓らしき石があった。木は桜色と萌黄色が入り混じった状態になっていた。
(こんなところに墓?手入れはされているみたいだな。)
よく見ると墓石に何かが書いてある。頭に木曽が付いていて…
「あら、先客?珍しいわね」
誰か女の声がした。高能が振り向くと見知らぬ女が微笑んでいた。
「ねぇ、あなたも紫草を摘んでくれない?あれは薬になるからきっとお供えすれば義高様は喜んでくれる…」
女は高能を見ながら独り言のようにつぶやいた。
「は?よしたか?」
高能は目を丸くした。
(何だ?この女。)
高能はそのとき、女が言った「よしたか」という名前に心当たりがあることに気づいた。確か高能の父、能保や頼朝が何度も聞かせてくれた。自分の婚約者のかつての恋人の存在を。
(確かその方の名前は…)
「姫様」
高能が心当たりを思いついたと同時に後ろからまた別の声がした。高能が後ろを振り向くとこれまた見知らぬ男がいる。
「やはりここにいましたか。心配しましたよ。急にいなくなるんですから」
男はそう言って女のところに駆け寄った。
(姫様ってまさか…)
高能は冷や汗をかいた。この家で「姫様」と呼ばれる人物は限られている。頼朝の娘は二人いて、下の娘はまだ小さい子供と聞いている。一方、目の前の女は10代半ばぐらいに見える。ということは…
「あれ?そちらの方は?」
男は高能に気づいた。
「失礼。もしかしてその方は…」
高能は恐る恐る聞いてみた。
「無論、この方は大姫様ですが。」
男、いや幸氏は高能の姿をよく見てみた。
(この装束は直衣?公家が普段着るという…では、まさかこの方は…)
勘づいた幸氏は慌てて一幡に近づき
「姫様…おそらくこの方は」
と小声で声をかけた。
「あぁ。もちろんわかってる。あなたは一条高能様でしょ?すぐにわかったわ」
そう言って一幡は高能に目を向けた。
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