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高能訪問編④
(嘘だろ…)
部屋に戻った高能は頭を抱えた。高能はたった今確かに婚約者候補である大姫こと一幡に出会った。彼女は高能の予想以上に健康そうな女に見えた。そして想い人の墓前になぜか花ではなく開花前の紫草を供えていた。
(どうして病気がちな姫が裏山で植物採集をしている…いや、心の病だから外には出られるとは思うけど)
あの後、より多くの紫草を摘みに行くと言って一幡は幸氏と共にどこかに行ってしまった。
(紫草って何だよ。紫草を墓に供えるやつ、初めて見た。あれはやばい奴だ。間違いない。そっか…心を病んでいるから見た目は普通でも頭はおかしいのか…だから奇行に走るんだ)
このとき高能は決心した。今度こそ破談にすることを。
「…で、何の用だ?」
高能の予想以上に頼朝は怖い顔をしていた。
「えっと…だからその…えっと…」
(言え!言うんだ。姫に会ったがあのような心を病んだ者は嫁にしたくないと。)
臆病な高能はいざ頼朝を前にすると自分の本心を言葉にすることができない。
「用がないのか?だったらわしを呼ぶな」
頼朝は話を切り上げようとした。
「いえ!伯父上!お待ちを!」
「なんだ?」
「大姫殿のことです!」
何とか本題を言うことができて高能は内心ほっとした。
「先ほど、姫にお会いしました。その…姫はその…」
しかし、大事な「嫁にしたくない」という意志はやはり上手く表現できない。
「あーー、そうだ。あの男。姫のそばにいたあの男は誰ですか。」
高能はとっさに一幡のそばにいた幸氏を話題に出した。
「小太郎のことか。元は木曽義高の従者で、義高の死後にわしの御家人にした男だ。大姫とは幼なじみで昔から仲が良かったから今も姫のそばに置いている」
「…そうですか…」
「何。変な心配はしなくてよい。あれはただの従者だ。姫に下手なことはしないさ」
何を勘違いしたか、頼朝はそう言った。
「姫様はその…義高殿の墓に紫草を供えていて…その…」
高能は何とか本題に辿り着こうとした。
「お前の父はこの縁談に乗り気だ。我が娘は多少わがままな一面もあるが上手くやってくれよ。」
しかし、高能が話を進める前に頼朝が話を切り上げてしまった。
(ち、父上が…)
自分の部屋に戻った高能は改めてこの縁談が逃れられないことを悟った。
「いや、上手くやれって…人任せかよ。そんなに縁談を進めたいなら無理矢理にでも姫を京に連れてくれば良いものを…」
高能は思わず従者の惟光に愚痴をこぼした。
「実を言うと…かつて鎌倉殿は大姫様を京の貴族に嫁がせようと無理矢理京に連れて行こうとしたことがあるようです。しかし、そのとき大姫様は病になってしまって危篤状態になったようです。だから鎌倉殿もなるべく姫様を納得させてから嫁がせたいのですよ」
「…なるほどな。鎌倉殿は非情な方だと聞いているが、意外と娘思いなところがあるよな。でもなぁ、あの訳の分からないお姫様をどう納得させれば良いのやら…というか、私はいつ京に帰れるのだ?」
「それは…私にもわかりません。とにかく若様、あなたが最大限の努力をして姫様を納得させるしかありませんね」
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