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静御前訪問編①
「人を死に追いやった人間はろくな死に方をしない…静、お前は平穏に生きろ」
そう言って私はあの人と別れた。
平家が壇ノ浦で滅んだ後、源平合戦で一番活躍したと言える源義経は兄の頼朝と対立し、追われる身となった。追われる身であった義経のそばには白拍子で愛妾でもあった静御前という女性がいた。当初は九州へ逃亡しようとした義経一行だが、船が暴風雨に遭い、そこで一行は散り散りになり義経と静達は吉野へと一旦逃れる。ここで義経は静に別れを告げ、静は京へ戻ろうとする。しかし、その途中で頼朝方の追っ手に捕らえられてしまった。捕らえられた静は京に連行され、義経の居場所を吐くよう命じられた。
「居場所など知りません。私は所詮妾でしたから、別れた後あの方がどこに向かうかは一切聞かされませんでした。」
静は物怖じせずにそう答え続けた。そして、取り調べの最中に相手は静の体の異変に気づき、とうとう静が恐れていたことが頼朝方にばれてしまった。
「何?懐妊している?」
そのことはすぐに鎌倉の頼朝に伝わった。
「はい。おそらく九郎殿との…」
頼朝の顔は強張った。
「可哀想だが、今すぐその子供を始末するしかないな。」
頼朝は冷たく言い放つ。
「しかし、それでは静殿の身も危なくなるでしょう。殺めるべきなのは九郎殿の子であって静殿ではありません。せめて子が産まれるまで待ってみてはどうでしょう?」
家臣の梶原景時がそう言って頼朝を制止した。
「それもそうだな。女子なら殺す必要はない訳だし…」
こうして静は鎌倉で子を産むよう命を受けた。しかし、静には頼朝の本心がわかっていた。
(この子が男なら殺すということね…)
静は鎌倉に下った。
鎌倉に住むことになった静は予想以上に優遇された。静は頼朝の住まいである御所と同じ敷地内にある離れに住むことになり、数人の侍女が付いた。毎日それなりの食事や衣服が用意され、生活には全然困らない感じだった。庭も住まいもきれいに整備され、どうやら捕虜などではなく、客人として歓迎されているらしい。
(九郎様…今頃、どこにいるの…)
静は今はもう会えない愛しい相手のことを思い浮かべた。
(こんなことになるなら無理にでも九郎様について行けば良かった。いいえ、いっそのこと九郎様と巡り会わなければ良かったの。そしたらこの子に迷惑をかけることもなかったのに…)
静は自分のお腹をさすった。
(もし、この子が男なら殺されてしまう。この子に罪はないのに。)
静はまだ見ぬ我が子の運命を憐れんだ。
「静」
すると静の母、磯禅師の声がした。静は鎌倉に来てから寝たきりになっていた磯禅師の側によった。
「母さん、体の具合はどう?」
磯禅師は虚ろな目で静を見つめた。
「静、母さんが悪かった。私があのとき、あんたを九郎様の前に出さなければ…九郎様からのお誘いを断っておけば…」
義経と頼朝が対立するようになってから、磯禅師はいつもこんな調子だった。静が義経に見初められたとき、磯禅師はとても喜んでくれたのにおそらく義経がこうなることは磯禅師にも予想外だったのだろう。近頃の磯禅師は発言も気持ちもいつも後ろ向きで、生きる気力を失っていた。
(母さんにまで嫌な思いをさせてしまっている…私のせいで…)
静はそう思いながら一人で庭を歩いた。静は辺りを見回した。少し離れた後ろにはお付きの侍女がいた。おそらくこの侍女は静の監視役なのだろう。
(侍女の目を誤魔化せばここから逃げ出せる。ここと御所にいる人達に見つからなければ…そしたらこの子の命は助かる…でも、私の体力では一人で遠くまで逃げられない。それにあの状態の母さんを置いて逃げる訳にはいかない…)
静が黙って歩き続けると足に何かがぶつかった。ふと足元を見ると赤い綺麗な包みがある。
(何?これ…)
静が手で触れようとすると包みは動き、一人の見知らぬ少女の顔が見えた。
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