年下の男の子

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年下の男の子

「川田さん、この段ボール、ここでいいですか?」 突然うしろから声をかけられ、パソコンのマウスを持つ手が小さく震えた。私、川田沙耶は主婦。この電気機器の小さなメーカーで去年の春から事務のアルバイトを始め、もうすぐ1年になる。 声をかけた主は佐原くん。たしか…下の名前はタカシくんと言ったっけ。近くの大学に通う学生で、先月からアルバイトに入ってきた。182㎝の長身に甘いマスク。若い事務員たちは彼のことをさっそく流行りのタレントの名前で呼びはじめ、食事に誘おうか、映画に誘おうかなんてウキウキだ。いいなぁ、若いって。 「川田さん、いまエロい画像でも見てました?もしかして」 「はっ?なに?そんなの見ないわよ!」 「ははっ、だって、声かけたら肩がビクッてなるんだもん。アヤシイな~」 そう言いながら、肩ごしにパソコンの画面を覗き見ようとする。顔を横に向けると、すぐそこに彼の頬があった。若く瑞々しい素肌は内側からの弾力に漲っている。私は自分の衰えてきた肌を思いつい赤面する。 「怪しくありません!はい、仕事仕事!」 私はノートパソコンをパタンと閉じると、彼の横をすり抜けて化粧室へと向かった。 いけない、集中しなきゃ。 いま佐原くんに声をかけられたとき、私は上の空だった。考え事をしていたのだ。テーマは昨日の帰宅時の夫の様子について。明らかにおかしかった。帰りが遅いのはいつものことだけど、いつもと違う甘い匂い。あれはシャンプーか香水だ。そして、寝癖がついたようにハネた髪の毛。私との会話を避けるようにそそくさと寝室に向かったのも、輪をかけて怪しい。
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