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「あ、はい。ここね。ありがと」
ちょうど私の隣の席が空いていた。外回りの営業に出ている社員の席だ。佐原くんはそこに気安い感じで腰掛ける。
「なんだかなぁ、今日の川田さん、いつもと感じが違うんですよね」
するどいなぁ、この子。私は佐原くんの顔をまじまじと見つめた。
キレイな顔だ。特に、目が澄んでいてキレイ。若い子たちは彼のことを、ジャニーズのタレントに似ているとか言って騒いでいるけど、私は時代劇に良く出てくるベテランのナントカという俳優のほうに似ている気がする。硬派で整った顔立ちだ。きっと、歳を重ねるとますますいい男になる。
「違うかなぁ。なんでだろ。あ、この歳になるとね、疲れやすくなるのよ。佐原くんにはまだわからないと思うけどね」
「そうやって、自分のこと年寄り扱いするには早いんじゃないですか」
佐原くんは私の方に少し体を近づけると言った。
「僕は、川田さんのこと、とても綺麗な人だと思います」
「えっ…」
私が何か言おうとするのも聞かず、彼は体の向きを変えて、そのまま自分の席に戻ってしまった。席に座ってうつむいた彼の頬にうっすらと紅みが差しているように見えて、私は我知らず胸が高鳴るのを感じていた。誰かに面と向かって綺麗なんて言われたことが今まであっただろうか。少なくとも夫には言われたことがない。
夫以外の人に何か言われて胸をドキドキさせているなんて、自分が急に不埒な女になった気がした。でもいいよね、これくらい。昨日の夫の怪しさに比べたら、大したことじゃない。
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