ウバステ村のカイゴウと生ける伝説達のスロー(老)ライフ

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「ジジイ! ババア! てめえらいい加減にしろよ! 死にてえのか!?」  黒髪短髪の青年は、眉間に皺を寄せて怒鳴った。  だが、老人たちは聞く耳を持たない。 「なんで、こんなことにぃい!?」  青年の後ろで金髪碧眼の若いエルフは頭を抱え絶叫していた。  目の前では、巨大な竜と魔女とハイエルフが壮絶な戦いを繰り広げている。  黄金に輝く巨大な竜は、山一つ吹き飛ばしかねないブレスを魔女たちに向かって放ち、魔女は箒を操り、空を駆け、闇に紛れ竜を狙う。ハイエルフは、地面に手を当てると無詠唱で大魔法を放ち地面から巨大な魔法の樹を生やす。 「古竜と最初の魔女と緑の女王の戦いって、もう終末戦争じゃないかあ!」  叫ぶ若いエルフとは対照的に近くに居た老人たちは呆けたようにぼーっとその様を見ていた。 「飯はまだかのう?」 「風呂に入る時間じゃないか?」 「のう、儂とチェスでもせんか?」  老いた鬼や獣人やドワーフに声を掛けられ、黒髪の青年は頭を掻きむしる。 「さっき食べたばっかりだろうが! 覚えとけよ! ちゃんと何食べたか! 頭を動かせ! 婆さんの風呂の時間はもうちょっと後だ。時間になったら嫌がっても綺麗にしてやる! じいさん、昨日、負けそうになって手が滑ったとか言って盤面グチャグチャにしたのを俺はまだ根に持ってるからな! 今日の問題クリアしてから挑戦して来い! ……んで! そこの老害ども!」 「ちょ、ちょっと!」  若いエルフが止める腕を払って、黒髪の青年は前に出る。 「老害だろうが! ここは死を待つ老人たちの楽園だっつったのはどこのどいつだ! 他のじいさんばあさんに迷惑かけるなら出て行け! 耳が遠いってんなら、大人しくさせて、耳元で叫んでやる! ウバステ村から出てけってなああああああ!」 「ちょっと! カイゴゥウウウウ!」  カイゴウと呼ばれた青年は、臆すことなく三つの生ける伝説に飛び込んでいく。  その日、シチアリア大陸の中心、誰も足を踏み入れることとない死の地、終の地と呼ばれるその場所にあるウバステ村での爆発は、物理的にも大陸中を震わせた。 その爆発から一週間ほど前のこと。 「カイゴウよ、今までご苦労であった。お前にはこの城から出て行ってもらうことになった」 「は?」 カイゴウは突然呼び出されたかと思うと、新王となったレオンハルトから追放を言い渡されていた。 突然の解雇の言葉に思わず声を漏れる。 「おいおい、父の相手をしていてお前も耳が遠くなってしまったのか。解雇だよ、解雇。お前の仕事は父の世話をすること。父が死んだ今、お前の仕事はない。それに、聞けば、お前には法外な賃金が支払われていたと聞く。金食い虫はいらんのだ」 そう冷たく言い放つレオンハルト新王の隣には、騎士団長となったばかりのリベラと、王子の頃から補佐をしていたスコルが控えている。 「カイゴウ、お前には私の父も世話になっていたようだが、これからは我々騎士団が父の杖となる。貴様の力など必要ない!」 「前々から貴方の下品な物言いが城内の品位を貶めていました。平民は平民らしく生きなさい」 三人は、礼儀として跪いていたカイゴウを見下ろしながら笑っている。 「なーるほどなあ、要は俺を追い出す理由が欲しかったわけだ。んで、じいさんが死んだからやったーと」 カイゴウはすくっと立ち上がり、カイゴウよりも小柄な三人を見下ろしながら言い放つ。 「お、お前! なんという言葉を! 父を愚弄するのか!?」 「あん? 愚弄? してねえよ。してんのはお前らだろ。死んだ途端に、セバじいさんを出かけさせて、俺を呼び出してやめさせようなんて準備万端じゃねえかよ」 「な……! 王子は、いや、王はそんなつもりではない! なあ、スコル」 「あ、ああ……その通りだ。リベラはよく分かっているな。大体、君が金食い虫であるという事実は変わらない」 カイゴウの態度に、顔を真っ赤にしながら怒る新王とリベラ、そして、カイゴウを睨みつけながらも、冷静に対処しようとするスコル。 だが、カイゴウはそんな3人を鼻で笑う。 「金食い虫か……まあいいや。じいさん死んだし、どっちにしろ、出て行くつもりだったからいいや。じゃあな」 カイゴウは踵を返すと、そのまま部屋を出て行こうとする。 その背中に、新王が声を掛ける。 「待て! カイゴウ!」 「んだよ?」 カイゴウは振り返り、不機嫌そうな顔で新王に視線を向ける。 「お前は、父の隠し財産のありかを知っているんじゃないか?それを私に教えれば……」 「は?」 「だから! お前は、父の遺産の在処を教えられているのではないか! それを教えてくれさえすれば、お前を、私の側近にしてやる! どうだ! 悪い話じゃないだろう?」 新王のその言葉に、カイゴウは、大きくため息をつくと、呆れたような表情を浮かべる。 「あのさ、出て行くって言ってるだろう。それに、もし、仮に知ってたとしても教えねえよ。ろくなことに使いそうにねえし。どうせ戦争とかに使いたいんだろ」 カイゴウの言葉に、新王は目を大きく見開く。 そして、新王の顔はみるみると赤く染まり、怒りで震えているのが分かる。 「ろくなことじゃないだと……?」 「そりゃそうだろ、わざわざ爺さんたちが作った平和をぶち壊そうってんだから」  この大陸には現在七つの国が存在する。  神が作り給うたとされる7つの種族それぞれの国が。  人族の国でありカイゴウたちが暮らすホスロー王国以外に、エルフの国、ドワーフの国、獣人の国、魔族の国、鬼人の国、そして、竜の国。  荒れ果て、誰も近寄る事ない『死の大地』を囲むように並ぶその国々は新王の父であるレオナルドの代で和平の条約が結ばれた。  死の大地の王である魔神を打ち倒し条約を結んだ7つの国の代表は七英雄と呼ばれ人々から尊敬され、崇められる存在となった。  しかし、それをよく思わない者達もいた。  レオンハルトもその一人で、他種族に対する差別意識が強く、他国との平等な関係など望んでいなかった。  人族こそが最も優れており、今は亡き父から受け継いだこの国で大陸を統一したいという野心を胸に秘めていた。  その事について父であるレオナルドは気づいていたし、カイゴウもよく聞かされていた。  だからこそ、レオナナルドの死後、新王とリベラ、スコルが結託して自分を追い出し、先王の残した莫大な資産を奪おうとしていることもすぐに理解出来た。  カイゴウは、再び大きなため息をつくと、新王たちに背を向けたまま言う。 「戦争なんて下らねえ。馬鹿かよ」 「な、なんだと!? お前は、このまま他種族をのさばらせておいてもいいと言うのか!? やはりお前も父と同じ腰抜けか!?」 「……ああ?」  レオンハルトのその一言に、カイゴウはゆっくりと振り返ると、鋭い眼光を向けながら、ドスの効いた声で聞き返す。  そのあまりの形相に、新王たちは思わず一歩後ずさってしまう。  カイゴウがここまで怒るのは珍しい。不機嫌な様子はあってもここまで露骨に怒りをみせることはなかった。 「おい、今なんつった? じいさんを腰抜け呼ばわりしたのは誰だ?ああん? もう一度言ってみろよ」 「ひっ!……わ、私は、そんなこと言って……!」 「カイゴウ! 無礼な物言い許さんぞ! 新たな王に向かって……衛兵! コイツを捕らえろ」  カイゴウを怒鳴りつけるスコルだったが、逆に睨まれてしまい、ビクッとすると、慌てて近くに控えていた兵士を呼び出す。  カイゴウは周りを一瞥し、自分の方へと近づいてくる兵士たちを見ると、小さく舌打ちをする。 「説得に失敗したら、力づくか。拷問されても俺は何も言う事はねーよ。それに……簡単に俺を捕らえられると思うなよ」 カイゴウはそう呟くと、地面を蹴り、一直線にレオンハルトに向かって駆けだす。 それを察知したリベラは、レオンハルトの前に立ち塞がる。 「どけ。その馬鹿を殴らねえと気が済まねえんだよ」  カイゴウは、低い声で言うと、拳を握りしめ、目の前に立ちはだかるリベラに殴りかかる。 「ぐ、ううううう! バカな……! 騎士団長である私が」 「お前の親爺の方がよっぽど力が強かったぜ」  カイゴウの強烈な一撃を受け、地面に倒れ伏すリベラ。  それを見ていた兵士たちは慌てて剣を向け、カイゴウを取り囲む。 「カイゴウ、それ以上の無礼な振る舞いは許しませんよ」  スコルは冷や汗を流しながらも、毅然とした態度でカイゴウに言う。  しかし、カイゴウはスコルの方を見向きもせず、スコルの隣にいる新王に視線を向ける。  その目には明確な怒りが込められていた。  新王は、その目を直視できず、俯き、体を震わせながらも叫ぶ。 「や、やれやれやれぇえええ! その、王に逆らう不届き者を殺してしまえ!」  レオンハルトの言葉に、兵士達は一斉に動き出し、カイゴウを取り押さえようとする。  だが、次の瞬間、部屋の外から慌ただしい足音が聞こえたかと思った矢先、勢いよく扉が開かれ、一人の兵士が飛び込んで来る。  そして、息を整える間もなく叫ぶように報告する。 「し、新王、そして、騎士団長にご報告です! ド、ドラゴンが! 巨大なドラゴンが王都上空に現れました!! 恐らく、エンシェントドラゴン! 竜王『ラグナガリオン』様かと!」  その言葉を聞いた新王とスコルは、顔色を変える。  竜の国は死の大地を挟んで真逆の位置。  なので、使者さえもあまり訪れることはない。  ましてや、王族、いや、王がやってくるなど前代未聞の事だった。 「ば、馬鹿な! 何故こんな時に! スコル! 確認に向かうぞ! ん? カイゴウ! ……カイゴウ、どこへ行った!?」  レオンハルトはカイゴウがいなくなっている事に気付き、辺りを見渡す。 「お、王子! 今は、竜王を迎えるのが先です! お前たちはカイゴウを探すのだ! リベラ、起きろ! お前もついてくるのだ!」  レオンハルトは、顔を真っ青にして頷き、スコルやリベラと共に部屋を出て行く。そして、残された兵士も慌てて散っていく。  城内は大騒ぎになっているようで、あちこちから叫び声や怒声が聞こえる。  レオンハルトは、急いで竜王の元へ向かう。 「竜王は今どこに!?」 「はっ、城の中庭に降り立たれる模様です」  先王であるレオナルドのお気に入りだった中庭は、彼の趣味によって様々な植物が植えられ、花壇には季節の花が咲き誇っている。  レオンハルトがそこに到着すると、既にそこには多くの騎士たちが集っていた。皆、武器を構えて警戒している。  その中心には、カイゴウがいた。 「カイゴウ、貴様、いつの間に!?」 「……多分、あのジジイドラゴン、俺に用があるんだろうからな」  カイゴウはそう言うと、空を見つめる。  すると、空が割れるような轟音とともに、天空より眩い光が差し込む。  光の中から現れたそれは、巨大なドラゴンであった。  黄金の体躯を持ち、背中からは翼が生えている。その威圧感に、その場にいた全ての者が動けなくなる。  やがて、その巨体はゆっくりと地面に降り立つ。  その姿を見た人々は、畏怖し、恐怖し、絶望した。  エンシェント・ドラゴン。  古の時代から生き続けると言われる伝説のドラゴン。  その力は強大であり、世界最強とも言われている竜の国の長。  だが、レオンハルトは、この状況を好機と捉えていた。  無論、竜の国もいずれ滅ぼすべき国だが、今、竜の国の王がここに現れた事で、自身の王としての器を見せつける機会が訪れたと考えた。  ここで、自分が竜王と対等の立場である事を配下たちに見せつければ、一気に自分の力をアピールできる。  そう考えたレオンハルトは、震える足を必死に抑えながら前に出る。 「竜の国の王よ、よくぞ参られた! 私が王となった事への挨拶にでも参られたのだろうか? それだけ、人の国を重要視していただけているとはありがたい限りだ」  レオンハルトは、竜王に向かって話しかけるが、竜王は微動だにしない。  そして、その目は全くレオンハルトに向かう様子がない。 「おい、竜のじじい、自分のお迎え来る前に俺をお迎えに来たってか?」  カイゴウが竜王に向かって口を開いた。  そのカイゴウの物言いに、レオンハルト達は驚愕する。  まず他国の王に対してあまりにも無礼な態度。  相手はエンシェント・ドラゴン。機嫌を損ねれば一瞬で国が滅びかねない存在なのだ。  レオンハルト達は真っ青な顔で竜王の言葉を待つ。 「ふっふっふ……相変わらずだな。カイゴウ、その通りだ。レオナルドが死んだと知り、お前を、迎えに来たのだ……」  竜王はカイゴウの方を見て笑う。  その表情に敵意はない。むしろ、懐かしむような、そんな感情が見て取れた。 「そう、か……いいぜ。丁度この国からもいらねえと言われたばかりだ。あんたについていくよ」  カイゴウは、竜王の顔を見上げて言う。その顔には笑みが浮かんでいた。  レオンハルトやスコル、そして、周りの兵士達は呆気に取られて二人の会話を聞いている。  竜王は、その言葉を聞くと、満足そうな顔を浮かべ、カイゴウに自分の背に乗るよう促す。カイゴウはその指示に従い、竜王の背に乗り込む。 「では、行くぞ」 「ま、待った!」  竜王が飛び立とうとした時、レオンハルトは声を上げた。  カイゴウと竜王の視線がレオンハルトに向けられる。 「竜王殿、貴方は一体何を考えておられるのか! 一国の王が、何の前触れもなしにやってきて、我が国の民を連れていこうなどと……ぶぶ無礼ではないか !」  レオンハルトは声を上げて抗議するが、竜王に一睨みされると、簡単に気圧され、二歩下がってしまう。 「レオナルドもまた子を育てるのに失敗したようだな。ままならぬもものだ……。新たな人の国の王よ。我が竜の国もまた新王を迎えた。儂はもう王ではない。ただの古竜だ。時代は変わりつつある。お前達の時代なのだろう。儂はもう疲れた……安心せよ、お前たちに危害を加えるつもりはない。儂やこやつに何かしようとせぬ限りはな……!」  竜王はそう告げると、カイゴウを乗せたまま空へと舞い上がる。  レオンハルト達が茫然と見上げる中、カイゴウは身を乗り出し、叫ぶ。 「セバじいさん達によろしくな! あと、あんまじじばば共馬鹿にしてると、痛い目見るぞ。じゃあな!」  カイゴウは手を振ると、竜王と共に消えていった。  残されたレオンハルト達は、しばらく立ち尽くしていたが、やがて、皆、力なく座り込んだ。  竜王の圧倒的な存在感を初めて目の当たりにし、そのあまりの力の差に、戦意を喪失してしまったのだ。そして、その恐るべき存在に対し、気安くじじいなどと呼ぶカイゴウ。  その時漸くレオンハルト達はカイゴウを手放した事が失敗だったのではと思い始めた。そして、それから王国は、新たな時代、後に『暗黒の時代』と呼ばれる時代に突入していく事になるのだが、まだ、それに気付くことが出来る者はその場には誰も居なかった……。 「んで、ラグンの爺さんよ、これ、どこに向かってるんだ? 竜の国か?」  カイゴウは、自分を背に乗せ、大空を翔る竜王に向かって尋ねる。 「いや、竜の国にはもう戻らぬ。我が息子は儂を過去の遺物、死にぞこないだと言い放ちおった。そんな国に未練はないわ。元々終の棲家と決めておったところがあってな。準備は進めていたのだ。そこに向かう。なに、あそこであれば、誰もやってきやしないだろう」  竜王は、そう答えると、ある場所を目指して飛ぶ。 「そこってまさか……」  カイゴウは、その目的地を察して思わず呟いた。  そしてそれは当たっていたようで、竜王はニヤリと笑う。  カイゴウは竜王に向かって何かを言おうとしたが、それよりも早く竜王は翼を大きく羽ばたかせ、加速する。  風圧でカイゴウは吹き飛ばされそうになるものの何とか堪えて体勢を保つ。  七つの国の美しい景色はあっという間に後方へ流れていき、雲を突き抜け、遥か上空を飛んでいく。  暫く飛び続けると、眼下に広大な大地が見えてきた。 「やっぱり、死の大地かよ……まあ、老い先短いあんたには似合いの場所か」  カイゴウのその言葉に竜王は笑う。  死の大地は、古の時代より生きる竜王でさえも生まれる前から荒れ果てている場所であった。地面は、ひび割れ、草木が一本も生えていない。水場もない為、動物の姿もほとんど見られないと言われている。  こんな過酷な環境の中を生き抜いているのは、凶悪な魔物達だけだった。  その為、この場所には近寄る者はほとんどいない。  正に死の大地と呼ぶにふさわしい場所。  のはずだった。 「おいおいおい、ラグン爺さん、あれ、なんだよ!」  カイゴウの視線の先には、死の大地にはあり得ない緑豊かな土地があったのだ。 「ふっふっふ、驚いたか。カイゴウ、あれこそが我らの新たな住処、ウバステ村だ」  竜王は自慢げに言う。  カイゴウは信じられないという顔を浮かべる。  いくら伝説の古竜であったとしても、あんな場所を作ることが出来るとは思えない。 「……は! ま、まさか……!」 「うむ、まあ、そのまさかだ」  カイゴウが何を考えているのかを理解した竜王は苦笑しながら肯定する。  村の方から声がする。どうやら、誰かがこちらに気付いたようだ。  その人物たちはカイゴウも良く知る者達で、カイゴウは頭を抱える。 「おいおい、まさか、あのじじばば全員を相手しろってことかよ……!」  カイゴウの視線の先には、エルフや魔女、鬼人達がニコニコと笑顔で手を振っているのが見えるのだった。  その顔触れを見て、カイゴウはこの死の大地にあんなにも豊かな土地が生まれたことに納得し、そして、大きな溜息を吐く。 「世界最強のじじばば共が作ったんなら、そりゃ、死の大地もかたなしか」  並び立つ村人たち。  彼らは、竜王と同じく生ける伝説と呼ばれた者たちであり、7つの国の代表であった者たちとその供だった。  そんな大物たちを遠い目で見つめながらカイゴウは尋ねる。   「……なあ、ウバステってどういう意味?」  そう尋ねると竜王は、まるで、孫に勉強を教える祖父のように誇らしげに胸を張って答える。 「天国に一番近い場所という意味だ」  それを聞いたカイゴウは大きいな溜息をまた一つ吐き、そして、笑い、竜の背で叫んだ。 「しょうがねえなあ! くたばりぞこない共! ひさしぶりだなあ! てめえら纏めて俺が面倒見てやるから! 泣いて感謝しやがれ!」  カイゴウは、竜王の背中の上で仁王立ちすると、歓声をあげる老人たちに両手を広げて高らかに宣言したのだった。 だが。    「偉大なるハイエルフであるお婆様をくたばりぞこないとは何事だ! たわけ!」  カイゴウは、若いエルフの女に怒鳴られると拳骨を食らうのであった。 「いてぇーなあ! 誰だよ! お前!」  頭を摩りながら叫ぶカイゴウ。  しかし、女は無視して竜王に向かって深々とお辞儀をする。 「お久しゅうございます。竜王様」  その言葉を聞いて竜王は満足そうに笑う。 「うむ。エリステラの孫か。相変わらず元気そうじゃのう」 「は。お陰様で」  カイゴウは、そんな二人のやり取りを横目に見ながら、近くにいる若いエルフによく似た色気溢れる女に話しかけた。 「おい、エリステラのババァ、あれ、アンタの孫か?」  カイゴウの言葉に心底おかしそうに笑い口元を隠しながらエルフの女は答える。 「そうだ。ケアルという。仲よくしてやってくれ。ああ、そうそう。気を付けろよ。あの子風魔法の使い手で地獄耳だから」 「は?」  カイゴウがエリステラの方を見た次の瞬間、遠くから若いエルフの声、ケアルの声が近づいてくる。 「お、前、は! 今、お婆様をババアと言ったのかあ!」  それはもう凄まじいスピードで飛んできた。 「うわぁ!」  慌てて避けるカイゴウ。  避けたことで、地面に着地してしまったが、すぐに体勢を整え、魔法を使おうとする。  しかし、それよりも早く、風の刃がカイゴウに向かって放たれた。 「危ねぇ!」  カイゴウは咄嵯に躱すが、風の刃は何度も襲ってくる。 「くそったれ!」  カイゴウは悪態をつくと、地面を強く蹴り、高く飛び上がる。  そして空中で一回転しながら、両足の裏に魔力を集め、思い切り蹴ると一気に加速し、ケアルの目の前に迫った。 「な……!」 「そこまでだ」  エリステラがそう一言呟くと、二人の間に氷の塊が現れる。 「あとは若い者でと言いたいところだが、そろそろ本題に入りたいのだ。ケアル、この男の口の悪さは誰もが知るところだ。気にするでない」 「で、ですが……」 「くどい」 「……はい」  エリステラの低い声にケアルが大人しくなったのを見ると、竜王は話を始めた。 「まずは、皆、集まってくれてありがとう。儂は、とても嬉しい。では早速だが、今後の話をしようと思う。儂はここウバステ村を終の棲家と決め、同じ考えである友人たちとゆっくり余生を過ごすつもりだ。そこでだ。カイゴウ、お前にはここで我らの世話をしてもらいたいと思っているのだがどうだろうか?」 「かまわねえよ。全員くたばるまで見てやるよ」 カイゴウは即答し、ニヤリと笑う。 その答えを聞き、竜王も笑みを浮かべる。 「うむ。頼んだぞ。さて、纏まったところで、次は、一応だが紹介をしておこうか。老人たちは物忘れが激しいからな」 そう言うと、村の面々は声をあげて笑う。 「まずは、竜の国を追い出された儂、ラグナガリオンじゃ。よろしくな。そして、ハイエルフ、エリステラ」  エリステラは周りを見渡しながら、ニコリと微笑む。 「久しいな、七英雄たちよ。これからよろしく頼む。そして、もう説明はしたが、孫娘がどうしてもついてくると言ってな。ケアルだ。まあ、仲良くしてくれ」 「はい! ケアルと申します! 宜しくお願い致します!」 元気のよい声に老人たちは拍手で迎え、ケアルもほっとしたように息を吐く。 「はっはっは。カイゴウも近い年の知り合いが出来て良かったのう。ちなみに、エリステラは、儂と違い自らの意志で女王の座を譲りやってきたそうだ。次に、魔女国のリリアン……」  次々と紹介されていく者たち。  だが、カイゴウはじっと村の面々を見つめ、そのカイゴウをケアルは睨み続けていた。 「……とまあ、紹介はこの辺りか。今は十七名ほどだが、後片付けを済ませたら村に来たいというヤツらがいるからのう。最終的には、三十にはなるだろう」 「ま、誰も死ななけりゃあな」  カイゴウの言葉にケアルは目を吊り上げ怒鳴りつけた。 「お前! いくらなんでもさっきから失礼だろう! この方たちを何だと……!」 「ケアル、黙りなさい。それで、今日はこれからどうするのだ?」  エリステラが、静かに、しかし有無を言わせない口調でそう告げると、ケアルは押し黙った。 「うむ。せっかく集まったのだから宴でもしようじゃないか」  竜王の言葉に、歓声があがる。だが、カイゴウがすぐに遮る。 「おい……じじばば共、本気で言ってるんじゃねえよな……?」  こめかみに手を当て呆れた様子で竜王を見るカイゴウ。  竜王はカイゴウの方を見て首を傾げる。 「こんな! 状況で! 宴なんかできるか! 寝床もなんもねえんだぞ!」  カイゴウは怒りながらそう叫んだ。  カイゴウが指し示す先には、多少草木が生えているとはいえ、家も畑も何もないただの平原。  とてもではないが、宴会など開けるような状況ではない。 「しかし、儂らが若い頃は」 「じじばばの若い頃なんて知らねえんだよ! 大体、今のあんたたちがこの状態で寝てみろ! 早速葬式やることになるぞ!」  竜王の言葉を遮ってカイゴウはさらに叫ぶ。 「確かに! はっはっは!」 「はっはっは! じゃねえんだよ!」  カイゴウの怒声が響き渡る。  だが、竜王は気にした風もなく、楽しげな表情で言葉を続けた。  まるで、カイゴウの反応を楽しむかのように。 「では、どうすればいい?」 「はあ?」  竜王の問い掛けに、素っ頓狂な声で返すカイゴウ。  竜王は、そんなカイゴウの様子を見ると、さらに続ける。 「お前ならこれからどうすべきかわかっているのだろう? 大賢者様とあの里を作り上げたカイゴウ、お前なら」  その言葉で、カイゴウの顔つきが変わる。 「だ、大賢者様と!?」 「そう、こやつが、儂らの弟弟子であり、大賢者様の最後の弟子なのだ。そして、大賢者様と里を作った男なのだよ」  大賢者は、七英雄の内、五人の師であり、七国同盟の陰の立役者と言われ伝説となっている。その最後の弟子がカイゴウであることは広くは知られておらず、ケアルは目を見開く。  ケアルが驚きながら視線を向けると、カイゴウはしばらく沈黙した後、ため息をつく。 「あーあーわかったわかった。やりゃあいいんだろ。ただし、ちゃんと俺の言う事聞けよ」  カイゴウはそう言って頭を掻きながら、村の面々をじっと見つめる。 「……よし! じゃあ、さっさと働け、じじばば共」  カイゴウがそういうと、老人たちは嬉しそうに笑い、ケアルは信じられないものを見たような顔で固まっていた。  そこからはカイゴウの指示のもと、村の整備が始まった。  まずは、寝床の確保。 「これは、ドワーフの出番だろ。ドン爺、まかせた」  次に、食料確保。 「シュテンの爺様と、リリアン婆さん、あと、三人くらいで狩り行ってきてくれ。んで、残ったのは、畑づくりと炊事場作りな。さあ、ちんたらしてるとお迎えが来るぞ! さっさとやろうぜ」  そう言ってカイゴウは、村にあった大きな岩の上にあぐらをかいて座り込むと、やる気なさげに空を見上げた。  村の面々は、そんなカイゴウの言葉で楽しそうに動き出したのだが、ケアルだけは、不満そうな顔をしていた。  ケアルにとって、カイゴウという男は、ただの無礼者にしか見えなかった。 「あん? なにしてんだよ? さっさと働け」  ケアルがじっとしていることに気がついたカイゴウが声を掛ける。  ケアルはカイゴウの方へ向き直り、睨みつけるようにしながら問いかけた。 「ど、どういうつもりだ!? 皆様をあごでつかって!」 「あん? てめえらの村なんだ。てめえらでなんとかするのが当たり前だろう」 「じゃあ、お前は何をやっているんだ!?」 「じじばば共を監視してる」  カイゴウは、それだけ言って再び空を見上げる。 「お前も働けー!」 「だから、働いてるだろうが」 「きさっ……!」 「ケアル、いいから。貴方も働きなさい」  エリステラがそう言ってケアルを止める。 「ですが」 「私の言う事が聞けないのかしら?」 「う、は、はい……」  エリステラにそう言われてしまうと、それ以上何も言えなかった。  ケアルは、しぶしぶといった様子で、他の村人と共に作業を始めた。  だが、その表情にはやはり、不満の色がありありと浮かんでいた。  それから数時間後。 「おい! ギルのじじい! あんたにそんなのやれって言ってねえだろう! あっち行け!」 「メエナばあさん、今何やってるか、ちゃんと覚えてるんだろうな!?」  カイゴウの乱暴な物言いにケアルは、怒りを募らせていった。  カイゴウは、次々と指示を出し、老人たちをこき使い、自らは何もしない。  ただ、怒鳴り散らすだけにケアルには見えていた。 「カイゴウ! お前は何をしているのだ! 何故、何もしていない!」  とうとう我慢できなくなったケアルは、カイゴウに対してそう叫んだ。 「ああ? だから、俺は見ての通り監視だよ。何度言わせるんだ」 「だか、らっ……!」  そう言いかけた所で、岩の上のカイゴウの姿が消える。そして、ケアルの目の前に現れる。カイゴウは一瞬で移動し、ケアルの胸倉を掴み横に引っ張る。  ケアルは、いきなりの事に反応できず、そのまま引きずられる。 「な、にを……!」  そう言いかけた時、ケアルは視界の端で倒れ込む老人の姿を見る。  そして、カイゴウはその老人をふわりと抱き寄せた。 「おい! イアンじい! 調子悪いならさっさと言えって前から言ってんだろうが!」 「す、すまぬのう。カイゴウ。腰が……」  そう言って老人は、申し訳なさそうに謝る。  カイゴウは頭を掻きむしると、老人を抱きかかえ、地面に寝かせる。  老人の顔色はかなり悪く、呼吸も荒かった。 「か、回復魔法を……」 「やめとけ」  ケアルが回復魔法を使おうと手を伸ばすと、カイゴウは即座にそれを止めさせる。 「な、貴様は……!」 「回復魔法は寿命を縮めるだけだ。使うなら緩和魔法にしておけ」 「緩和魔法?」  聞いたこともない魔法で、ケアルは首を傾げる。 「痛みを和らげる魔法だ」 「そんな魔法……」 「俺が作った。ようく見とけ」  カイゴウは、そう言って老人の服を捲し上げ、背中に手を当てる。  すると、淡い光がカイゴウの手から発せられ、老人を包み込む。  しばらくそうしていると、老人の息遣いが穏やかになり、顔色が少し良くなっていく。  その様子に、ケアルはほっと一安心する。 「さっきも言ったが、回復魔法ってのは寿命を削る。アレは生命力の前借りみてえなもんだからな。ここのじじばば共を早く殺したいなら使え。緩和魔法は痛みを和らげるだけで身体への影響はほとんどない。ただ、痛みがないからって動き出そうとするじじばばはいるからな。絶対に動かさせるな。縛り付けてでも大人しくさせろ」  カイゴウの言葉に、ケアルは驚きを隠せないでいた。  緩和魔法と言うものも聞いたことがなかったし、それより何よりカイゴウは村人のことをぶっきらぼうな物言いながら、気遣っていた。 「ああ、付与魔法も使うなよ。あれは、身体の力を無理やり上げてるからな後からの反動がひどい。補助魔法を使え。補助魔法は、魔力で相手の能力をひきあげるんじゃなくて、魔力を操作してそいつの作業を手伝う魔法だ。十何人相手は最初には無理だろうから、一人に向かってやって慣れていけ」  そう言いながらカイゴウは、腰を痛めた老人に向けて魔力の糸のようなものを伸ばしていく。  それは、老人の体中に巻き付き、老人の身体を支えるようにぎゅっと締め付けていく。  老人は最初は戸惑っていたが、すぐにコツを掴んだのかスムーズに動けるようになる。  その光景を見て、ケアルは目を見開く。 「お前は……」 「あん、なんだよ?」 「い、いや、なんでも……」  ケアルは、それ以上何も言えなかった。  自分の視野の狭さを痛感させられた。  そして、この男にはまだまだ自分が知らないことがあると思い知らされた。  カイゴウは、ケアルが思っているような人間ではなかった。  彼は、村人たちの為に、自分に出来る事を精一杯やろうとしていた。  それが目に見える形でなかろうと、怒られようと。  カイゴウは、また、岩の上にあぐらをかいて座り込み、ぼーっと空を見つめていた。  だが、今なら分かる。カイゴウは……。 「驚いたでしょう?」 「お婆様……」  突然の声に振り返ると、そこにはエリステラが立っていた。  どうやら先程のやり取りを全て見ていたらしい。  そして、彼女はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。 「アレがカイゴウなのよ。口は悪いっていうより下手なのよ。でも、誰より相手を気遣える。老人たちの為に、オリジナルの魔法を作り出すくらい。ケアル、貴方には彼の姿を見て学んでほしい。娘の、エアリアの後を継いでエルフの国の次の女王となる為に」  エリステラはそう言って、その場を離れようとする。  ケアルは、その言葉の意味を理解した時、胸が熱くなるのを感じた。  あの男は、確かに、大賢者の弟子なのだ。  この大陸に平和をもたらした大賢者の弟子なのだと。  それから、ケアルは、今までの自分の行いを恥じると共に、カイゴウのようになりたいと願い、カイゴウに付き従い、彼から色んなことを学んでいった。 「とにかく触ってやれ。掌ってのはすげえ力があるんだ。当てる、触る、揉む、圧迫する、本人がよさそうなら叩いたっていい。とにかくよ、一人じゃないってことを教えてやれ。一番怖いのは結局一人になることなんだ」 「馬鹿が! 知った気になるな! 種族によって体の構造なんて全然違うんだよ! 動きを見ろ! 関節がどうで、筋肉がどうで、神経がどうなってるか考えろ! それを踏まえた上で抱えてやれ! なんも分からねえで抱えれるなんて思い上がるな」 「じじばば共は働かせろ。アイツらに必要なのは遣り甲斐なんだよ。生きてていいっていう価値の創造だ。なんでも世話されてると思ってしまうんだとよ。人様に迷惑かけてるだけの人生に意味があるのかって。役立たずだって。そう思い込んだら泥沼だ。どんどん悪くなる一方。だからよ、なんでもしてあげるんじゃなくて、出来ねえところだけ手伝ってやれ。あとは、自分でやらせろ。あのじじばば共なら出来る」  カイゴウは、ケアルに色々と教えてくれた。  そして、村人たちはカイゴウのお陰でどんどんと若返っているようにケアルには見えた。  自信と、そして、かつての力を取り戻した老人たちは、どんどん村を発展させていった。  ケアルも、そんな村人達を支えるべく、必死で勉強した。  毎日が忙しく、充実していた。  こんな日が続けば良いと思っていた。  だが、ある日のこと。村の中心で大きな爆発音が鳴り響く。  ケアルは慌ててそちらに向かうとそこでは信じられない光景が広がっていた。 「竜王様、と、リリアン様とお婆様が、何故……?」  目の前では、巨大な竜と魔女とハイエルフが壮絶な戦いを繰り広げていた。  ケアルには、その光景が理解できなかった。 「ち。ばかたれがよ」 「カイゴウ!」  ケアルは、やってきたカイゴウの傍に駆け寄る。  カイゴウは忌々しそうな表情を浮かべながら、戦闘を眺めていた。 「カイゴウ! 何故、竜王様が、お婆様や魔女様と……!」  ケアルは混乱しながらもカイゴウに問いかける。  その間も竜王たちは激しい攻防を続けていた。  その光景を見て、ケアルは息を飲む。  この大陸最強の生物である竜種と、それに匹敵する力を持つとされる魔女。  そして、自分にとっては憧れのハイエルフである祖母。  それらが戦っているのを見ているだけで、背筋が凍る。 「古竜と最初の魔女と緑の女王の戦いって、もう終末戦争じゃないか!」  恐れおののき叫ぶケアルとは対照的に近くに居た老人たちは呆けたようにぼーっとその様を見ていた。 「飯はまだかのう?」 「風呂に入る時間じゃないか?」 「のう、儂とチェスでもせんか?」  老いた鬼や獣人やドワーフに声を掛けられ、カイゴウは頭を掻きむしる。 「さっき食べたばっかりだろうが! 覚えとけよ! ちゃんと何食べたか! 頭を動かせ! 婆さんの時間はもうちょっと後だ。時間になったら嫌がっても綺麗にしてやる! じいさん、昨日、負けそうになって手が滑ったとか言って盤面グチャグチャにしたのを俺はまだ根に持ってるからな! 今日の問題クリアしてから挑戦して来い! ……んで! そこの老害ども!」 「ちょ、ちょっと!」  ケアルが止める腕を払って、カイゴウは前に出る。 「老害だろうが! ここは死を待つ老人たちの楽園だっつったのはどこのどいつだ! 他のじいさんばあさんに迷惑かけるなら出て行け! 耳が遠いってんなら、大人しくさせて、耳元で叫んでやる! ウバステ村から出てけってなああああああ!」 「ちょっと! カイゴウ!」  カイゴウは、臆すことなく三つの生ける伝説に飛び込んでいく。  そして、 「死にたいんなら、他人巻き込むんじゃねえよ。じじい」  竜王の方を向き、悲しそうにカイゴウは言い、魔力の糸を生み出すと何千本と作り出し、竜王の身体に這わせていく。  それはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていき、やがて竜王の動きは止まり、その巨体は地面に倒れ伏した。  その姿を見て、ケアルは、 「りゅ、竜王様を、殺したのか?」 「殺してねえよ。〈鎮静〉の魔法を込めた糸をまとわりつかせて落ち着かせただけだ。その証拠にほら」  カイゴウは竜王の胸に触れ光を奔らせると、竜王はゆっくりと起き上がった。 「……すまんな。カイゴウ」  竜王は申し訳なさそうにカイゴウを見つめた。 「他人に殺してもらおうなんて都合良いだろうがよ……!どんなにみじめったらしくても生きろよ。誇り高く。それがお前だろうがよ!」  カイゴウの言葉を聞き、竜王が何かを言おうとしたその時だった。 「カイゴウ! 竜王! 南からドラゴンの群れがやってくるぞ!」  ドワーフのドンが叫び声を上げる。  それを聞いた瞬間、ケアルは、血の気が引いた。  ドラゴンの群れ。  何故ここに? 「そうか……来たか。儂が行こう」  竜王はそう言うと、ふわっと浮かび上がり、南へと向かっていく。  ケアルも、カイゴウと共に村の外れまでやってきた。  雲一つない青空から、大きな影がいくつも舞い降りてくる。 「何の用だ。我が息子よ」  竜王の目の前には、一匹の巨大な黒龍と、それに従う十数匹の竜がいた。 「お久しぶりです。父上。お変わりないようでなにより」  黒龍はそう言うと、ニヤリと笑う。  それに合わせるかのように、周りの竜たちも牙を剥き出して笑っていた。 「我が問いに答えよ。儂を追放したお前が今更何の用だ」  竜王の表情は険しかったが、黒龍の表情は変わらない。  むしろ楽しげであった。 「追放されたとは心外ですね。私は、貴方を尊敬しているのです。この世界の覇者であった貴方をね」  黒龍の竜王を褒め称える言葉を聞いて、竜王は鼻で笑い、 「くだらん。早く要件を言うがよい」 「……父上、神の秘術を教えていただきたい。知っているのでしょう。世界を滅ぼす力を持った禁忌の魔法をどこを探しても記録がなかった。であれば、貴方が持っているに違いない」  竜王は目を細める。 「何のことだ?」 「しらばっくれるのもいい加減にして下さい。我々が知らないとでも思っているのですか?」 「知らんな。帰れ」 「では、力づくで聞き出すとしましょうか……!」  黒龍はそう言って、大きく息を吸い込む。 すると、周りにいた竜たちと共に一斉に炎を吐いた。  竜王は、それを同じブレスで受け止め、かき消す。  その瞳は、怒りに満ち溢れていた。 「……いいだろう。相手になってやる」  伝説の竜王とはいえ、新たな竜王と竜の大軍では分が悪いと考えたケアルは、隣にいるカイゴウの肩を揺らす。 「カイゴウ! これはまずいぞ! 竜王様が!」 「心配すんなって。あいつらに、じじいが負けるはずがない」  カイゴウは、慌てるケアルにそう言った。 「え?」    次の瞬間、竜王が動き出す。  一瞬で間合いを詰めると、黒龍の顔面に頭突きをかます。  吹き飛ばされた黒龍は、他の竜を巻き込みながら地面に激突する。 「なっ!?」  ケアルは、驚きの声を上げた。ブレスではなく肉弾戦。  それで力の差を見せつけたのだ。 「くそ……舐めやがって……! 全員でかかれ! 数で押し潰せ!」  黒龍の指示を受け、竜たちは四方八方から竜王に向かっていく。  しかし、竜王はその全てを一撃のもとに沈めた。 「……終わりだ」  竜王はそう言うと、黒龍に視線を向ける。  黒龍は、血を流しながらも立ち上がった。 「まだ……終わっていない……! 父上! これが新時代の竜の戦い方です!貴様ら! 魔導機を動かせ!」 黒龍がそういうと竜たちは身体についていた機械を作動させる。 すると、竜たちの身体は機械から出てきた装甲に包まれていく。 竜王は、それを見て、少し悲しそうな顔をした。 「魔導機、か……」 「ふははははは! その通りです! この魔導機さえ使えば、貴方に勝つこともできる!」  魔導機は元は人族が生み出した魔法と同じ効果を生み出す機械。   黒龍はこの機械の可能性をいち早く読み取り、竜の国で取り入れ強力な機竜の軍団を作り上げた。  黒龍は勝利を確信し高らかに笑う、竜王の表情に変化はなかった。  それを見た黒龍は、苛立ちの表情を浮かべ、 そして、その感情を隠すことなく叫んだ。 「あとは強大な魔法! それがあれば、我が機竜兵団は世界最強となるのです!」 「だからどうしたというのだ? それがお前の望みなのか?」 「そうだとも! 父上を超えることが私の目的! 貴方の出来なかった世界の統一。それこそが我が望み!」 「くだらんな」 「何だと!?」 「貴様には、覚悟が足りぬ」 「ふざけるな! 私は、竜族のために戦っているんだぞ! 竜族の繁栄のために! 竜族は誰よりも強くなければならない! それこそが竜族の宿命なのだ!」  黒龍の言葉を聞いた竜王は、小さくため息をつく。 「そこまで言うのなら見せてやろう」 「おい! 竜じじい! 勝手な事すんな!」  カイゴウは慌てて止めようとするが、もう遅かった。  竜王は、天に向かって吠えると、空に巨大な魔法陣が現れた。  その魔法陣からは、雷鳴が轟き、稲妻が走る。  そして、魔法陣の中心に光の柱が降り注いだ。 「そんな魔法使ったらあんたの身体が!」 「頼む」 「だああああああ! くそ! ならせめて! 俺の魔力をくれてやるからそれ使え!」  カイゴウは、そう言って竜王の肩に手を置くと、自分の魔力を注ぎ込んだ。  すると、竜王の身体に、白い光が纏わり付く。  竜王は、ゆっくりと息を吐き出し、そして吸い込むと、再び吠える。  次の瞬間、天空より光の雨が地上に降り注ぐ。  その衝撃によって、大地は大きく揺れ動く。  あまりの眩しさに、ケアルは目を開けていることもできなかった。  しばらくして、ようやく目を開けることができるようになると、辺りを見回す。  すると、そこには信じられない光景が広がっていた。  黒龍達のいた場所は、大きなクレーターになっており、そこを中心に地面が大きくえぐれている。  黒龍たちは危険を察知していたのか、少し離れた場所で翼をはためかせながら呆気にとられていた。 「な、なんという魔法! おい、今のを記録したか!?」 「は!」 「はははは! 父上! 油断しましたね! 魔導機は記録さえも出来るのです! 自身の魔法で敗れるがいい!」  黒龍はそう言って、笑みを浮かべ記録用魔導機を起動させ、竜王の動きをなぞるように天に向かって吠える。  同じように空に巨大な魔法陣が現れ、魔法陣からは、雷鳴が轟き、稲妻が走る。そして、魔法陣の中心に光の柱が降り注いだ。  しかし、その魔法は竜王の放ったものよりも小さいものだった。 「な、何故……?」 「……その神から与えられた魔法は、神罰の魔法。自然を愛し、尊ぶものが得られる力。魔導機を作る為に、国を汚したお前では扱えぬ魔法なのだ」  真実を教えられた黒龍は、膝から崩れ落ちる。  竜王の言葉が真実であれば、黒龍にとってこれから何を成しても何を得ても、手に入ることのない力なのだ。 「そして、勘違いをするなよ」  竜王はそう言うととてつもなく巨大なブレスを放つ。  竜王の放ったブレスは、まるで神の裁きのような稲妻で黒龍たちの身体を這っていき竜たちの魔導機は全て壊され動かなくさせてしまう。 「儂は、まだ、お前たちに負けることはない。古より生き続ける竜を舐めるでない」  竜王はそう告げると、敗北を確信し震えている黒龍の元へと飛んでいく。 「……父上……」 「民を導くのは、いつだって自分自身の意思だけだ。たとえ魔導機を使ったとしても使うのはお前であり、お前自身が心も全て強くなければならんのだ」 「……はい」 「もう一度向き合うがいい。自分が何をしたいのか。何ができるのかを」  黒龍は、起き上がると、竜王に向かって深く頭を下げた。  竜王は、何も言わずに、その場を去る黒龍をただ見つめていた。 「……おい、ラグンの爺さん、あんた、身体が」  カイゴウの声を聞き、ケアルが竜王の方を見ると、竜王の身体が光を帯び始めていた。 「そうか……これが儂の最後の使命だったか……」  竜王は、静かに微笑み、村の面々を見渡す。 「どうやら、別れの時が来たようだ。カイゴウ、頼む」  ケアル以外の者たちは皆優しい目をして頷いていた。 「え……? え? どういうことなんです」  ケアルだけが、驚きの声を上げる。  他の人たちは、苦笑いを浮かべ、竜王は優しくケアルに語り掛けた。 「七英雄は、世界を救った褒美として己の死期が近づくと神から教えられるのだ。そして、神の使徒によって天の国へと送り届けられる。なあ、カイゴウ」 「おう」  カイゴウはそう言うと、竜王の胸に手を当てる。  すると、カイゴウの手から光が溢れ、その光が竜王へと流れ込んでいった。 「カイゴウが、神の使徒……? まさか、大賢者様が!?」 「カイゴウは、元は人だった。だが、儂らの為に神と契りを交わした。『七英雄の最後を看取る。幸せな最後を』と。そして、カイゴウは儂ら全員の最後を見届けるまで死なない身体となった」  ケアルがカイゴウの方を見ると、カイゴウはそんなことなんでもないかのように、竜王の身体を撫で続けていた。 「長く生きたが、七英雄たち、大賢者様、そして、カイゴウ、お前との日々は何にも代えがたいものだったぞ」 「ああ、俺も楽しかったぜ」 「さて、そろそろ行くとするかのう」 「おーう。じゃあな、じいさん」 「達者でな、カイゴウ」  カイゴウは、笑顔で手を振って竜王を見送った。 「綺麗……」  ケアルは目の前の幻想的な竜の死にそう呟いた。  それは神秘的で美しい光景であった。  光の姿となった竜王は、翼を広げると空高く舞い上がり、天に昇っていく。  その姿は、まるで天使のようであった。  そして、竜王が天に消えていくと、雲の間から光が差し込み、村に祝福を与えるように光の雨が降り注ぐ。  その光の雨を浴びながら、ケアルたちはいつまでもその景色を眺め続けた。  次の日、ケアルは早くに目覚めてしまい、村を散歩していた。  七英雄とその仲間によって、どんどん発展していく村。  だけど、そこは、最後にはだれもいなくなってしまう。  彼を除いて。 「カイゴウ」  カイゴウは、大きな岩に何かを刻んでいた。 「何を、していたんだ?」 「墓だ。ラグンの爺さんの」  カイゴウはそう言って、岩の前で祈りを捧げる。 「……カイゴウは、自分の生き方に後悔はしていないのか?」 「あん? してねえよ。じじばば共を笑いながら見送る。痛快な生き方だろ」  カイゴウはそう言って笑った。  ケアルはその横顔を見て、一つ決めた。 「よし! 私もお前と一緒にこのウバステ村の最後まで見守ってやろう!」 「あん? なんで?」  頭を掻きながらこちらを見ているカイゴウを見て、ケアルは微笑む。 「そしたら、お前もさみしくないだろう」  ケアルがそういうとカイゴウは天を仰ぎ頭を思い切り掻いた。 「まあ、勝手にしろ。俺も勝手にするからよ」 「ああ!」  二人は祈りを済ませ、今日の仕事に向かう。 「はっはっは! じじばば共は朝が早いな! さあ、最高の別れの為に今日も精一杯楽しく暮らせよ!」
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