表彰式

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『最優秀賞は……○○高校□□部!』  歓声が上がった。  ホール中に拍手が沸き起こる。感動、喝采、喜び、涙。  生徒達を見た。  晴れやかな笑顔、泣き顔が輝いて見えるのは涙のせいではなく、心から湧き起こる幸福の表れだろう。  この一年間、みんなが頑張ってきたことが実った瞬間である。  顧問として、指導者として、「言いすぎたかもしれない」「もっと他の言い方があったのではないか?」と思い返す日は多かった。  みんなが私に対する不満は確実にあっただろう。  辛い練習もさせてしまった。それでもやり遂げてくれた。勝ち取ってくれた。  とても言葉では表現しきれない感情が、私を含め、例外無くみんなにも押し寄せているのだろう。  ふと、昨年の優勝校を見る。  衝撃、沈黙、落胆、悲しみ。  肩を落とし、慰め合い、我々とは違う色の涙が流れている。  決して……決して努力しなかった訳ではないだろう。  わかるよ。わかる。  君たちの悔しい気持ちがわかる。  昨年、我々が同じ気持ちを経験しているから。  そして、私が生徒だった時も、同じ気持ちを経験しているから。  彼ら、彼女らの胸の内を思えば喉が詰まりそうになる。  でも、ごめんね。  今年は我々が優勝だ。    様々な感情がざわめく会場に、表彰式についてのアナウンスが流れた。  私は喜びの涙に溢れる部員達の元へ向かった。  制服の部員達に紛れて、私服姿の人が見えた。知っている顔だ。  昨年、涙を飲んだ卒業生たちだった。  受験勉強のため部活を引退するとき、後輩たちにその夢を託していた光景が蘇ってくる。  後輩たちを祝い、喜び、祝福しているが、その正直な胸中はどうだろうか?  遠い昔のOBとして、卒業生達に過去の自分の姿を重ねて見てしまう。  私の姿を見た卒業生たちは軽快な挨拶と、からかうような祝福の言葉を投げてきた。  挨拶を返事程度に軽く交わしながら、卒業生に囲まれていた部長に表彰式の件で声をかけた。  表彰式は入賞の低い順に1校ずつ、全部員がステージに上がって表彰を受ける形になる。  全員がステージに並び、代表者である部長、副部長がトロフィーや賞状を受け取る。  同じ努力をしてきた部員全員が祝福される表彰式だった。  どの学校の表彰にも客席からは健闘を讃える拍手が沸き起こった。  受賞が進み我々がステージ袖に控える。  生徒達の顔に再び緊張の色が出ていた。  でもその表情が数時間前に見た大会前の挑戦者の勇ましい緊張の顔とは真逆の、歳相応の恥ずかしさからくる緊張の顔に変わっていて、微笑ましくて、羨ましかった。    準優勝校の生徒達がステージを降りていく。  スタッフが合図を送ってきた。  司会者が最優秀賞の発表を宣言した。  我々の生徒達の出番がきた。  私は生徒達に振り返って片手を上げた。 「さあ、胸を張って行ってきな!君たちの努力の成果だ!今日という特別な日をその胸に、心に刻んでおいで!」  順番にステージに出ていく部員達とハイタッチを交わしていく。  最後に入場する部長が立ち止まった。 「先生」 「どうした?」  迷い無く彼女はこう言った。 「私は、あの日の先生の言葉が、今日の、今この瞬間の伏線だと思っています」  真っ直ぐに向けられた視線から目を逸らすことができなかった。  いくつかの情景がフラッシュバックする。  昨年の光景、それと重なるように、同じ制服を着て同じ大会に挑んで涙を飲んだ過去の自分の姿。 「今日の事はずっと忘れません。でも同じぐらい、あの日の事をずっと忘れません。みんな……少なくとも私にとって、今日よりもあの日の、あの瞬間が特別な日です」  晴れやかな顔だった。輝いた笑顔とはこんな感じなのかと漠然と思っていた。 「去年の大会が終わった日、悔しくて泣いていた私たちを立ち上がらせてくれてありがとう。私たちをここまで連れてきてくれてありがとう!」  私はぐっと奥歯を噛み締めた。  何かが体の内側から汲み上げてくるのを感じる。 「行ってきます!」 パン!と、小気味よい音を立てて私とハイタッチを交わした部長がステージの溢れる光に向かって駆けて行った。    副顧問の先生がいつの間にか隣に立って表彰の様子を眺めていた。 「みんな頑張りましたからね。あの子たちも、先生も」  そう言ってハンカチを差し出してきた。  部長の言葉が頭の中を反芻していた。 『今日の、今この瞬間の伏線だと思っています』  昨年、悔し涙を流していた彼女達を見て、彼女らに必死で言葉を投げ続けた。  もう一度立ち上がらせなければいけない。  ここで諦めさせてはならない、と必死だった。  昨年の彼女達にやるせなさを感じたのは、彼女達の姿に重ねて私が見ていたのは、同じ歳の頃の自分を見ていたのかもしれない。  後悔をさせない為に、まだそこにあるチャンスを見逃してしまう前に、負けないで欲しかった。自分自身に。  ステージに目を向ける。トロフィーを受け取った部長と目が合った。  その目を見て、何度も頷いた。 「よく頑張った。おめでとう」と伝わればいい。    全ては今日の、今この瞬間の伏線。  あの時の諦めた私も、後悔した私も、昨年の敗北も、彼女達を必死で励ました私も……  今日の、この瞬間の伏線。  あの頃の私が彼女らに向けて「ありがとう!」と叫んでいる。  心の中で叫んだのか、声に出してしまったのかはわからない。  私の心の中の後悔が「幸福」に変わった。  あの日の私の特別な日が、やっと訪れた気がした。
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