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Ⅰ 休日の予定
聖暦1580年代末。遥か海の彼方に未知の大陸〝新天地〟を発見し、世界屈指の大帝国となったエルドラニア……。
そのエルドラニアが最初に入植した〝エルドラーニャ島〟の北方に浮かぶ小島〝トリニティーガー〟には、支配層のエルドラニア人に追いやられたアングラント王国やフランクル王国などの出身者がいつの頃からか住みつき始め、今やエルドラニアですらも手出しができぬ海賊達の巣窟と化していた。
そのトリニティーガー島の外れ、滅多に人も寄りつかない両側が切り立った断崖絶壁になっている岬の突端に、教会や各国王権が禁書とする魔導書を専門に狙う珍奇な海賊〝禁書の秘鍵団〟のアジトはある。
もっとも、その廃墟の要塞をリフォームして使っている彼らのアジトは、秘鍵団を率いる魔術師船長──マルク・デ・スファラニアの手によって、魔導書『ゲーティア』にあるソロモン王の72柱の悪魔序列57番・豹総統オセの幻覚を見せる力で透明になる目眩ましの魔術が仕掛けられているのでらあるが……。
ちなみに要塞下の断崖にはやはり岩の壁があるように魔術で偽装して、彼らのジーベック型海賊船〝レヴィアタン・デル・パライソ(※楽園の悪龍)号〟を隠した洞窟状の波止場もあったりなんかする。
「──さて、そんなわけで今日一日、仕事はお休みにしたいと思います。風の向くまま気の向くまま、それぞれ自由に過ごしておくれよ」
爽やかな朝の空気に包まれる、頑強な石造りの要塞中央広場、一味の仲間を前にして船長マルクはそう言い渡す。
船の上ではフード付きの黒いジュストコール(※ロングジャケット)をその身に纏い、ウィッチハットのような三角帽を被るという船長然りとした恰好をしているマルクであるが、今日は白い編み上げシュミーズ(※シャツ)に黒のオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)だけというラフな服装である。
この南洋の島には似合わず、色白で碧い眼に、長い金髪を三つ編みにしている童顔のマルクは、この恰好だとよりいっそう幼く見える。
海賊といえど常に海で獲物を追っているわけではなく、特に彼らの場合、お目当ての〝魔導書〟を積んだ船がいなければ、陸の上で過ごしていることも多い。
それでも手に入れた希少な魔導書を複製して流通させるため、その写本を作る印刷作業や密売業者への運搬業務などなど、それなりに仕事は日々あるのであったが、月に一度の給料日である今日に限っては、慣例通りに皆が丸一日、休暇をもらえることなっているのだ。
「おーし! んじゃあ俺は給金も入ったことだし、街まで酒でも飲み行ってくるわ」
マルクの言葉に早速動いたのは、やはり白の編み上げシュミーズに青いターバンを頭に巻いた、人相も態度も悪い船乗り風の男──リュカ・ド・サンマルジュだった。
彼はそう断りを入れると大きく毛伸びをしながら、街のある方角へと早々に歩いて行ってしまう。
ちなみに今は変身していないのでなんら普通の人間と変わりはない…いや、一般人よりも多少人相が悪いくらいのものなのだが、じつは彼、同業の海賊達からも恐れられる、凶暴な〝人狼〟だったりなんかもする。
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