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アズマはずっと、あごを右手で覆ったポーズのまま、黒で包んだ細い身体を革張りのソファに沈めている。それが自分に対する防御のような気がして、坂上拓は小さく舌打ちした。
だがそれは、考え過ぎというものだろう。目の前のアズマはずり落ちた眼鏡もそのままに、真剣に膝の上に置いた譜面を読んでいる。
長く伸びた前髪の陰で、長いまつげがまたたく。二重の大きな瞳のしっとりした輝きに目を奪われる。絵のように整った横顔。いつもはコンタクトレンズをつけているアズマが、たまに見せる眼鏡姿もいい。
坂上の相棒である福島健介はさらりと、アズマを天才だと言う。坂上はアズマの才能を認めてはいたが、そうは思っていない。
アズマリョウが天才なら、今頃は売れっ子アレンジャーなり作曲家になって、業界で名を馳せているはずだ。だが実際には、CMやゲームなどの音楽を作っても、その名が広く知られることもない。作曲の仕事をしつつ、アレンジャーやキーボーディストとしてレコーディングに参加する、よくいるミュージシャンの一人に過ぎない。作品の質を追い求めるアズマの態度は尊敬に値する。しかし、ヒットを飛ばさなければ意味がない。
そう思っていることを、坂上はアズマにぶつけたことはない。口に出さなくてもアズマに考えを読まれ、自分とは違う人種だからと多少の距離を置かれているのを、坂上は敏感に感じていた。
それが悔しい。美しい身体も心も両方手に入れたいのに、身体はどうとでもできても、心の距離はいっこうに縮まらない。
今、譜面を読むアズマの頭の中では、譜面通りに曲が鳴っているはずだ。コードがアズマの好みにあわないのか、メロディがよくないと感じているのか、アズマは形のいい眉を時々しかめながら、譜面を読み続けている。
狭いスタジオ。二人だけでのプリプロダクション。
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