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「そういやお前、この後どうすんだ? レコーディングに戻るのか?」 「そうだな、今日のノルマはこなさないと」  肩をすくめながら、坂上は言った。 「なんだ、残念だな。この後俺達、一緒に飲みに行こうと思って」  会場に流れていたBGMがフェイドアウトする。歓声と拍手。客席の照明がゆっくりと落ちていく。 「そっか、また次の機会に」  バンドメンバーが出てきた。逆光で浮かび上がるシルエットが、それぞれの定位置につく。次第にステージ全体が明るくなっていく。会場内の興奮が高まり、観客がバラバラと立ち上がる。  まあ、そのぐらいならいいだろう。そんな、恋人気取りの優越感が浮かぶ坂上の表情が、暗がりで隠される。  演奏が始まった。隣の福島が片頬に浮かべた歪んだ笑みに、ステージに目を奪われた坂上は気づけなかった。    演奏中のアズマは、それが激しい曲であろうとテクニックがいる難しい曲であろうと、常にうっすら微笑んでいる。メロディを慈しむかのように弾く。鍵盤の上を自在に駆ける指の動きが美しくて、見とれてしまう。  坂上はグランドピアノを弾くアズマを、レコーディングスタジオでガラス越しに見つめていた。アズマのレコーディングはこれで終わる。それが惜しい。  冴えたルックスが、音楽をまとうことでさらにきらめきを増す。だが逆に、服を脱ぎ捨てた時のアズマもなまめかしくきらめき、目がくらむようだ。アズマの演奏中とはまるで違う表情を、今夜も見たい。  曲が終わった。坂上やスタッフがなにか言う前に、さっさとヘッドホンを外してブースから戻ってくるアズマ。気のせいか、目の下のクマが濃くなったような気さえする疲れた表情。 「プレイバック、よろしく」  微笑みを浮かべ、楽しげに弾いているように見えても、アズマは演奏中かなり集中しているようだ。重いため息をつき、どさりと壁際に置いてあるソファに座る。ごくごくとペットボトルのお茶を飲む。
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