プロローグ

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 汽車を降りると、思っていたよりも森閑とした場所だった。耳をすませば虫の鳴き声が聞こえるが、それ以外に音はない。地面を踏みしめる足音だけが辺りに響いた。誰も寄り付かない場所だというのは本当だったようで、建物が一つもない。この様子では、食料を調達するには自分で育てるか、隣町まで行く必要があるだろう。隣町といっても、汽車で1時間以上はかかるだろう。しばらく生活できるだけの食料は事前に購入して運んでもらっているし、家具は備え付けだと聞いている。掃除の必要はあるだろうが、後は不自由なことはないはずだ。  とりあえずは商人にもらった地図を頼りに歩いてみる。いかんせん、周りに物がない。地図はあってない物と同じだから少し骨が折れそうではある。しかし、これだけ建物なければ一つ見つければその物件が私の屋敷ということで間違いないだろう。  息を吸い込むと湿った土の匂いがした。木が多く日差しが入りにくいから、昨晩の雨が蒸発していないのだろうか。もう夕暮れとはいえ、初夏とは思えないほどに涼しい。作物が育ちやすそうな質の良い土ではあるが、育てようと思うなら木を切り倒さなければ難しいかもしれない。きのこはたくさん生えているし、見たことのない果実がなっている木もある。生活が落ち着いたら隣町に図鑑を買いに行った方が良いだろう。  歩みを進めていると小さな家見つけた。屋敷というよりも、小屋といった方が正しいかもしれない。その建物の中を覗くと私が頼んでおいた食料が入っているであろう木箱が二つ並んでいた。間違いない。ここは私が購入した屋敷だ。確かに、森の中にあるとはいえ、破格の屋敷があったものだとは思っていたが、これは流石に話が違い過ぎる。想像の何十倍も小さく、オンボロだ。 「一人で住むわけだし、問題はないか」  夢を叶えられず、逃げ出してきた者が優雅なスローライフを送ろうというのは虫のいい話だったのかもしれない。もう何時間も汽車に乗って疲れているが、掃き掃除くらいはしておいた方がいいだろう。備え付けの箒を取り出して、ため息をついた。
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