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でもこれから本格的に夏になって海やプールに行くかもしれないし、そろそろ噛むのやめてもらおうかな・・・。
そんなことを思いつつ、今日も後ろからうなじをはむはむされていると、ふと桜が不思議そうに言う。
「最近僕、うなじ噛んでませんよね?」
いましたばかりなのに、うなじにかかる息に身体がぞくぞくする。でもそれがバレるとまたされてしまうので、オレはいつもの声で答えた。
「・・・噛んでないよ。桜くん、ちゃんとがまんしてくれてる」
意識が飛ぶほど濃密な交わりは週末しかしないので、オレも最中のことは覚えていないなんてことは無い。桜は服で隠れるところは相変らず噛むけれど、見えるところ・・・うなじも噛んでいない。
「ですよね・・・」
「どうしたの?」
なんだか様子が変なので、オレは振り向いて桜を見た。
「いえ・・・ちょっと気になって・・・」
桜が言うには、噛むことをやめた腕や足の跡はキレイに消えてるのに、うなじの噛み跡が消えないのだという。
「全部じゃないんです。ほとんどは消えてるんですけど、一つだけ跡が残ってて・・・」
そう言われてうなじを触ってみると、確かにぼこぼこしている。
今まで何個も噛み跡があったところは確かにこの一つだけになってるけど、なんで一つだけ?他のもまだ残ってるのなら単純にまだ治ってないだけだと思うけど、一つだとなんか不自然・・・。
「あの・・・これって番の契約じゃないですよね?」
・・・・・・え?
怪訝な顔をしながらのその言葉に、オレは一瞬思考が停止する。
「で・・・でもあれって、発情期にしか出来ないんだよね?オレ、まだ発情期来てないよ?」
颯を生んでからまだオレには発情期が来ていない。なのにいくらうなじを噛んだって番にはなれないはずじゃ・・・。
「でも僕達、運命の番ですよ?」
その言葉にオレははっとした。そのことを、オレはすっかり忘れていたのだ。
運命の番と言っても再会してからは特別な事は何も起きなかったし、一緒に暮らすようになったこと以外は何も変わっていなかったから忘れていたけど、運命の番の説明をされた時、確か百瀬が言っていた。妊娠するか番になるまで、会えば発情し続けるって・・・。
颯がお腹にいる時はその条件に当てはまってたから発情しなかったけど、生んでお腹からいなくなったら妊娠の条件から外れてしまったのかもしれない。それで産後の体調が戻って・・・。
「でもオレ、発情してなくない?」
いくらなんでも、発情したかくらいは分かるはずだけど?
「多分すぐ終わっちゃったんだと思います」
んん?
「その・・・してる途中で発情したけど、僕がうなじを噛んだので治まってしまったのだと思います」
そう言えば1ヶ月検診後の桜くんとの行為の時、オレは気を失ってしまった。てっきり久しぶりだったから感じすぎてしまったのかと思ったけど、もしかして番になった衝撃で意識が飛んだのだろうか?確かにあの時は手当が必要なくらい深く噛まれたけど、まさかそれも運命の番の本能?
じゃあオレたち、とっくに番だったってこと?
オレの顔から血の気が引いていく。
「まだ分かりません。僕が勝手にそう思っただけで・・・」
そう言う桜も慌ててる様子。
いや、番になることは別に構わないし、なるつもりだったし、全然問題は無いんだけど、だけどそれって、人生の一大イベントな訳で・・・。
正直入籍よりも特別だった・・・。
結婚はやめようと思えばやめられるけど、番は相手が死なない限り解消出来ない。だから相当な覚悟が必要な訳で、その儀式は神聖で厳かで・・・。
要するに、オレは番に夢を持っていたのだ。
映画のようにドラマチックなシチュエーションを思い描いていた。
オレよりもロマンチックな桜はきっとオレの期待を裏切らないと、ちょっと期待もしていたのだ。
なのに・・・。
うん。
いいんだよ。
いいんだけど・・・。
ちょっとくらいはがっかりしてもいいよね。
見れば桜もどこか呆然としている。きっと桜も番の儀式に夢を抱いていたのだろう。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
なんとも言えない空気が流れ、オレたちはこの日、そのまま何も言わずに就寝した。
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