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「だったら、友達のままでいて下さい。約束します。決して友達の範疇は越えないと。無論僕は、千歳さんに好意を持ち、好きになってもらいたいと思ってます。でも無理強いもしたくない。だから友達がする事以上のことはしません」
微笑みながら、けれどどこか余裕のない要さんに、オレは小さく頷いた。要さんに悪いと思ったけれど、当の要さんがそれを望み、オレの思いも分かってくれている。だったらオレに断る理由はない。
「本当に友達でいいんですか?」
「今はそれ以上望みません」
それでも確認してしまったオレに、笑顔ではっきりそう言う要さんに、オレも笑って応えた。
「改めて、よろしくお願いします」
本当はまだ全てを納得出来ている訳では無いし、心の箱はがたがたと震え続けている。だけど、こんなにオレを求めてくれる要さんを、オレは拒絶なんて出来なかった。それに、もう少しそばにいて欲しいと思っている自分もいる。
要さんと話す度に起こるときめきが、昨日からずっと消えないでいる。
他のアルファへの思いを抱えながら、また違うアルファにときめいてしまうことに罪悪感があるものの、オレの答えに零れるような笑顔を見せる要さんに、オレの心も温かくなる。
もう考えるのはやめよう。
ともすれば堂々巡りしてしまいそうになるのを、オレは無理やりやめた。要さんは全てを知っても、それでいいと言ってくれた。だから、これでいいんだ。
そう思いながら、オレは最後のジュースを飲み干した。
「そろそろ出ましょうか?」
見ると要さんのカップも空になっていて、オレたちは店を出ることにした。するとさっそく一悶着起こる。要さんがここの代金を全て払おうとしたのだ。だからオレは、要さんがお金を出す前に定員さんに言った。
「別々にお会計お願いします」
そしてさっさと自分の分を支払い、要さんに場所を譲る。その時の要さんは少し不服そうな顔をしていたけど、オレは気付かないふりをして先に外に出た。
友達は奢って貰ったりしない。
だから割り勘は当たり前。
後から出てきた要さんに何か言われると思ったけど、要さんは特に何も言わなかった。オレの思いを分かってくれたようだ。
「さて、これからどうしましょうか?」
すっかりいつもの顔になってそう言う要さんに、オレも笑った。
「どうしましょうか?」
特にこの後のことは決めていなかったオレたちは、結局近くの公園をのんびり散歩してこの日は別れた。
友達としてもお付き合いは出来ないと言おうと思っていたのに、オレたちは結局、そのまま関係を継続することになった。だけどそれはあくまでも友達としてだ。
毎日のようにやり取りするメッセージには甘い言葉など一切なく、お互い日常を話し、週末会っても明るいうちだけ。歩く時も少し離れて友達距離だ。もちろん、どこかに入っても全て割り勘。
そんな要さんとの関係が、オレはとても楽しかった。
学生までは家族に守られていて世間の怖さを知らなかったオレは、実家を出てから気軽に誰かと付き合うことが出来なかった。それは恋人と言うだけではなく、友達としてもだ。だからこれまで友達など出来たことはなく、プライベートで誰かと出かけたことなど一度もなかった。だから要さんと過ごす時間はどれも初めてで、オレはすごく嬉しかった。
そんな日々はあっという間に過ぎ、オレのお腹ははち切れそうなほど大きくなった。仕事をしていた時はそれほど目立たなかったのに、8ヶ月を過ぎたあたりからみるみる大きくなったお腹はどう見ても妊夫で、予定日まで2週間となった今では今にも生まれてしてしまいそうなほどだ。でも検診をするとまだまだらしい。それはいいような悪いような・・・。
生まれてくるのは楽しみだけど、生むのは少し怖い。
でも生むことは避けられないので、できるだけ難産にならないように気をつけようと、とにかくオレは歩くことにした。それを言ったからか、要さんとのお出かけは最近お散歩が多くなり、今日は桜が綺麗な公園に連れて行ってくれた。
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