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のんびりと桜を眺めながら、オレたちはその公園の散歩コースを何周も歩く。まだ満開にはほど遠いけど、ぽつぽつと咲く桜は可愛らしく、気持ちが上がる。
桜っていう字を入れてもいいな。
最近子供の名前を考え始めたオレは、そんなことを思いながら歩いている。
女の子ならまんま『桜』かな?でも男の子だったら、ちょっとこの字は使いにくいよな。
実は性別を聞いていないのだ。
家族は聞きたがってたけど、オレは生まれてからのお楽しみに取っておきたくて、あえて聞いていない。
桜ってやっぱり女の子のイメージだよな。
そんなことを考えながら温かい日差しの中をのんびりと歩き、要さんとお散歩を楽しんで帰ると、兄が実家に帰ってきていた。
手を洗い自室で部屋着に着替えていると、珍しく兄が部屋にやってきた。
「どうしたの?珍しい」
兄はほぼ毎週末帰ってくるけど、オレの部屋まで来ることはあまりない。オレも着替えたらすぐにリビングに行くし、大抵みんなリビングにいるからだ。
「ん・・・ちょっといいか?」
そう言って入ってきた兄は椅子に座る。だからオレはドアを閉め、ベッドに座った。
「今日は東堂さんと?」
いつも特に誰と出かけたとは言わないけど、隠している訳でもない。
「うん」
「付き合ってるのか?」
オレの答えに兄が少し探るように訊いてくる。
「ううん。付き合ってはないよ」
普通にそう答えたら、兄は少し驚いた顔をする。
「友達なんだ」
だからオレがそう付け加えると、兄はさらに驚く。
「友達って・・・だっていつも出かけてるじゃないか。あれみんな、東堂さんとだろ?」
いつも週末帰ってくる兄は、オレがいつも週末に出かけていることを知っている。そしてその相手が要さんということも察していたようだ。
「そうだけど、友達としてだよ」
友達だって一緒に出かけるだろ・・・て、友達はそんな毎週出かけないのかな?
「だけど東堂さんはお前が・・・その・・・好き、だろ?」
言いにくそうにそう言う兄は、東堂さんの気持ちも知ってたんだ。
「そう言われたけど断った。そうしたら友達でもいいって」
改めて口で言うと、オレってなんて都合のいいやつなんだろう。
「断ったって・・・なんで?東堂さんいい人じゃないか」
兄は納得がいかない風にそう言うけど・・・。
「いい人だからだよ。オレは要さんに同じ思いは返せない」
「同じ思いって、嫌いなわけじゃないんだろ?」
「嫌いな人とは出かけないよ」
「だったらなにがダメなんだ?」
訳が分からないと言う顔をする兄は立ち上がってオレの前に立った。
「同じ思いじゃないって・・・それは恋愛的にってことか?」
膝をついて、兄はオレに視線を合わせる。だからオレはその目を見て頷いた。
「要さんはとても優しくていい人で、オレも要さんといるとすごく心地いいよ。なんだかほっとする。でもオレは、要さんをそういう風に思えない。好きだけど違うんだ・・・」
オレの恋心は今も、箱の中に閉じ込めている。この箱がある以上、きっとオレは要さんをそういう風には好きになれない。
「でも好きなんだろう?」
なのに兄は、まだオレにそんなことを言う。
「だからそういう『好き』じゃないんだ。オレは要さんに何も返せない。だから・・・恋人になんてなれないよ」
そんな図々しいことできない。
そこまで言ったのに、兄はまだオレに食い下がる。
「何も返せないって・・・。どうしてお前はいつも、そうなんだ。あの時もそうだ。今までずっと父さんの言うことを聞いていたお前は突然反抗し、家を出た。そりゃお前にだって許せないこともあるだろう。だけどお前はそれまで何も言わなかった。だからオレたちは、お前はそれでいいと思っていたんだ。オレたちはお前に良かれと思い、お前はそれを良しとして受け入れていると思っていた。なのにお前は家を出た」
兄が言っているのはオレがこの家を出た時のことだ。卒業を前に、オレの結婚相手を勝手に決め、就職はしなくていいと言われた。
「そこで初めて知ったんだ。お前がずっと我慢していたことを。ずっと我慢して我慢して、そして我慢しきれなくなった」
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