自立したいオメガと二人のアルファ

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兄はオレから視線を下げ、床に座った。 「言ってくれたら良かったんだ。本当は嫌だって。だけどお前はそれを言わず、周りはそれに気づかず、そしてお前は家を出て家族を切った」 その言葉に胸が痛む。 切ったつもりは無い。だけど、すぐにオレのことを守りたがる家族を疎ましく思ったことも事実だ。オレは一人で生きていく。だからオレに構わないで欲しい。そう思って、オレは家族と距離を置いた。 「なぜ父さんに従うか逆らうかだけだったんだ?もっと気持ちを伝え、歩み寄ることも出来たはずだ。父さんだって厳しい人だけど、お前のことを思っている。お前が嫌だと言えば、無理強いはしなかったはずだ」 確かにそうかもしれない。オレは勝手に父に腹を立て不満を抱きながらも、それを伝えたことはなかった。もしそれが出来ていたら、こんなに長く疎遠にはならず、今のような関係を築けていたかもしれない。 「東堂さんのこともそうだ。東堂さんはお前を好きで、お前も東堂さんに好意を抱いている。だったら何がダメなんだ。お互い種類が違えど好意を抱いてる者同士、一緒になったっていいじゃないか。だって東堂さんはお前の気持ちを知っているんだろう?それでもいいって言ってるんだから、お前が何を気にすると言うんだ」 確かに要さんはオレが他の人を好きなことは知っている。それでもオレへの気持ちを諦めないと言ってくれたけど・・・。 「お前だって一緒にいると心地よくてほっとするんだろ?それだけで十分付き合う理由になるはずだ。世の中のどれだけのカップルが同じ熱量の思いで付き合ってると思ってる?みんなどこかを妥協して一緒にいるんだ。そうして一緒にいながら、互いの思いを擦り寄せて行っているのに、お前はなんで、嫌いでもない相手を切り捨てようとするんだ」 その兄の言葉が、オレの心に突き刺さる。 誰もがみんな、同じ思いで付き合ってるわけじゃない。付き合って、一緒にいるうちに思いが近づいて行く。そしてその距離が縮まらなければ別れ、寄り添うことが出来たら一生を共にする。 「それにあんなに思ってくれる人、なかなかいないぞ。あの人がどれだけお前を好きかお前は知らないだろうけど、あの人本当にお前のことが好きだからな」 「・・・そんな話まで兄さんにするなんて、仲良いんだね」 直球で話す兄の話が苦しくて、オレは話をそらした。だけど兄は、その言葉に意外な顔をする。 「仲?特に良い訳じゃないよ。悪くもないけど・・・会社の先輩だし」 そんな風に見えたか? と小首を傾げた。 「え・・・だって・・・」 プライベート(オレ)の写真を見せるほどの仲じゃないの? そう言おうとしたところで、夕食の準備が出来たとお手伝いさんが呼びに来た。なので話はそこで終わってしまったのだけど、てっきり兄と要さんは仲がいいと思っていたから少し驚いた。オレの写真を見せたのは兄ではなかったのだろうか?でもそんなことよりもいま兄に言われたことの方が気になって、オレはそれ以上は訊かなかった。 付き合ってから、お互いの思いを擦り寄せて行く。 オレの気持ちを知ってもなお、このまま友達として付き合っていきたいと言った要さん。オレはそれを、オレの中の他のアルファへの気持ちがなくなり、要さんを好きになることを待ってくれるのかと思った。でも本当は、オレが他のアルファを好きなまま、要さんを受け入れる準備が出来るのを待ってくれてるのかもしれない。 思いはそう簡単には消えない。だからこそ、未だオレの心の底の箱は消えないでいる。だからこの箱が消えるまで、要さんと付き合うことなんてできないと思っていたけど・・・。 消えなくてもいいのかもしれない。 心に箱を抱えていても、要さんはオレを好きだと言ってくれた。オレへの思いを諦めないって。それは他のアルファを思うオレの心ごと、オレを好きだと言ってくれているのかもしれない。 グレーでもいいのかな・・・。 白か黒かではなく、まだどちらにもなれないグレー。 それでもオレは、要さんを受け入れていいのだろうか。 兄の言葉に、オレはそう思い始めた。
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