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このまま要さんと友達ではなく恋人として接したら、未だ暴れ続けるこの思いの箱はいつか静かになるのだろうか。消えるのを待たなくても静かになったら、オレの心は要さんに染まることが出来るのだろうか。
オレはぱんぱんに脹れたお腹を抱えた。
お腹の子はオレ一人で育てる。
贅沢はできないけどたくさん愛情を注いで、オレ一人でも不自由なく育てていきたい。そう思っていたけれど、今ではそこにじじばばおじ達が加わり、たくさんの愛情に包まれている。そしてそこに父親が加われば・・・。
きっとオレの子だというだけで、要さんはこの子の誕生を喜んでくれるだろう。そしておそらく、父親になることも受け入れてくれるはずだ。
オレは抱えたお腹をゆっくりとさする。
お前も、父親がいる方がいいよな・・・。
思いの箱は未だがたがたと震えている。
だけど・・・。
来週の検診、要さんも誘ってみようかな。
あくまでも友達の付き合いをしていたオレたちは、友達の範疇を超えたことはしてこなかった。だから一緒に出かけはしても、妊夫検診には一度も一緒に行くことはなかった。もちろん友達に付き添ってもらうという人もいると思うけど、オレはなんとなく、パートナーか家族と行くイメージを持っていたから。それに要さんが一緒に行ったら、間違いなく父親だって思われちゃうし・・・。
要さんからも行きたいって言われたことないし、きっと要さんも同じ気持ちだと思ってた。だからオレが検診に誘ったら、変な期待を持たせてしまうかもしれない。だけど、それでもいいのかな・・・。
兄と話したことで、オレの中で気持ちが変化してくる。思いの箱は消えないけれど、要さんといると楽しくて心地よいのは事実だし、会えることが嬉しい。だったら、このままずっと一緒にいてもいいんじゃないだろうか。そうして思いが寄り添えたら・・・。
正直、寄り添えるかどうかは分からない。もちろん不安もある。いや、不安しかない。だけどそれでも・・・。
この子が幸せになることが、オレには一番大事なことなんだ。
兄と話した時からずっと、オレは要さんとの関係を考えていた。だけど、悩んでたって時は過ぎ、あっという間に子供は生まれてしまう。
次の検診、誘ってみよう。
オレはそう思ってスマホを手に取った。
いつもは平日に行っていたけれど、もし要さんが行けるなら土曜日にしよう。
そう思いながらメッセージアプリを開こうとしたその時、突然スマホが鳴り出した。見れば百瀬からの着信だ。百瀬は毎週末実家に帰ってくるが、こうして直接電話をしてくることは滅多にない。
どうしたんだろう?
そう思いながら、オレは緑の受話器マークをタップした。
「もしもし?」
するとすぐに百瀬の声がする。
『ちぃ?いま家?ちょっと話があるんだけど、いまから行っていい?』
「いいけど、もも、仕事は?」
見ればまだ4時だ。
『いま出先でさ、そのまま直帰していいって言うから、このままそっち行こうと思って』
そういう事なら予定もないし、大丈夫だ。
「いいよ。今日はなんにも予定ないし」
『ありがと。じゃああと30分くらいで着くから』
「ん、待ってる」
そう言って電話を切り、とりあえずお手伝いさんにこの後百瀬が来ることを伝える。今日は金曜日だし、この時間に来るなら間違いなく百瀬はこのまま泊まって行いくだろう。そうしたら夕食も食べていくはずだ。だから、これから支度を始めるだろうお手伝いさんに百瀬の分も頼んだ。
それにしても急に来るなんて、何かあったのだろうか?どうせ明日来るのだからその時でも良さそうなのに、わざわざ会社から直接来るなんてよっぽどの用なのかもしれない。
百瀬のいつもと違う行動に心がざわつく。すると予定よりも少し早く百瀬が帰ってきた。
「おかえり、もも」
「ただいま、ちぃとちびちゃん」
玄関で百瀬を迎えると、いつも子供にもあいさつをしてくれる。そんな百瀬の荷物を受け取ると、オレはいつものようにリビングに向かう。すると、洗面所に向かいながら百瀬が声をかけてきた。
「あ、すぐ話したいから部屋で待ってて」
「分かった」
本当に何なんだろう。よっぽど急ぎの用なのだろうか。
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