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オレはリビングには行かず部屋のある2階へと向かいながら、胸のざわつきが次第に不安に変わって行くのを感じた。
不安で背中が落ち着かない。
2階に上がるにつれて、だんだん胸がどきどきしてくる。別に百瀬はまだなにも言ってないのだから、悪い知らせと決まった訳では無い。なのにオレは不安でいっぱいだった。
一瞬百瀬が言った『部屋』とはオレの部屋なのか百瀬の部屋なのか迷ったものの、オレは百瀬の荷物を持っているし百瀬も着替えるだろうからと、オレは百瀬の部屋に行くことにした。
部屋に入って荷物を置くと、オレはベッドに腰掛ける。
最近また大きくなったのか、お腹が重くてしかたがない。立ったり座ったりするのも大変で、今も思わず座った拍子にため息のように深い息をついてしまった。
オレも歳なのかな?
最近本当にしんどい。
やはり子供を生むのは若いうちの方がいいと、身をもって実感してしまった。
そんなことを思っていると、百瀬が手洗いとうがいを済ませて部屋に入ってきた。
「ごめんね、ちぃ。急に来て」
そう言うといつもはすぐに着替える百瀬が、そのままオレの隣に座った。その様子に、不安がさらに大きくなる。
本当に何があったのだろう。
先週会った時は別に何も無かったのに。
そう思ってると、お腹の子がぐりんと動いた。
最近は大きくなりすぎてあまり動けず、手や足を少し動かす程度だ。だけどぱんぱんに入っているので、服の上からでもその動きが見える。
「あ、ちびちゃん起きてるんだ」
それは百瀬にも見えたのか、嬉しそうに百瀬はオレのお腹に手を当てた。
「ぐにぐに動いてる」
百瀬の手の下で動くお腹の子を優しく撫でながら、百瀬が愛おしそうに顔を近づける。
「早く出ておいで。待ってるよ」
そう言って百瀬は、お腹を軽くぽんぽんと叩いた。
「オレね、ちぃにもちびちゃんにも幸せになってもらいたいんだ」
まだぐにぐに動くお腹を撫でながら、百瀬が言う。
「ちぃ、いまお付き合いしてる人いるでしょ?」
そう言うと百瀬は、オレのお腹から手を離してオレを見た。
「付き合ってるって言うか、友達だよ」
まだそう言う風には付き合ってない。
「でもちぃにとっては大事な人でしょ?」
「・・・うん」
大事かどうかは分からない。でも、とても特別な人だ。そう思って頷いたオレを見て、百瀬は複雑な顔をした。
「その人さ、父さんも兄さんも認めてるし、こんなに長い間ちぃのこと思ってくれてる人だから、ちぃにとってはすごくいい人だって、オレも分かってるんだけど・・・」
「待って」
百瀬がいきなり要さんのことを話し始めて、オレは思わず百瀬の話を遮ってしまった。
「もも、要さんを知ってるの?」
オレは今まで要さんのことを百瀬に話したことは無い。百瀬どころか、誰にも話していなかった。それでも同じ会社の父と兄が知ってるのは分かるけど、なんで百瀬が要さんのことを知ってるんだ?
「知ってるも何も・・・あの人、ちぃと結婚するはずだった人でしょ?」
当然のようにそう言う百瀬に、オレは一瞬言葉が出ない。
「あの時のちぃには本当にびっくりしたよ。確かに結婚相手まで父さんが決めるのはどうかと思ったけど、今まで何も言わずに従ってたちぃがいきなりテーブル叩いて『嫌です』て。あんなに大きな声出したちぃ初めて見たから、みんな驚いちゃってさ。父さんなんて焦っていらないことばかり言っちゃって、余計にちぃ怒ってたよね」
その時のことを思い出して百瀬は笑うけど、オレは笑えない。あの時の・・・父が決めたオレの結婚相手が、要さん?
「実はさ、本当はもっとちゃんとお見合いみたいに紹介する場が設けてあったんだって。なのに就活をやめないちぃに焦って、父さんがフライングしちゃったらしいんだよね。だからあの後大変だったみたいだよ」
オレの知らない当時の話を、百瀬が淡々と話す。だからオレは、そんな百瀬を思わず止めてしまった。
「待って、あの時の相手って要さんなの?東堂要さん?」
本当に要さん?
確かに初めて会った時から知ってるような既視感はあったけど、もしかしてあの時一瞬、お相手の写真を見たからなのか?
そう思っていると、百瀬は迷いもなくオレの問いに答えた。
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