1780人が本棚に入れています
本棚に追加
「この気持ちは叶うことはない。だってその人との未来なんてないんだから。だけど、要さんはそんなオレでも好きだと言ってくれる。だからオレは、そう言ってくれる要さんと一緒になるのがいいって思ったんだ。要さんならきっと、この子のいい父親にもなってくれる」
だからそれが一番いいって・・・。
「でも思いは消えない。ちぃは本当は分かってるんだよ。その人への思いは決して消えないって。だけどそれに気付かないふりして自分を押し殺した。だから苦しいんだ」
柔らかく微笑みながら百瀬が言う。
「その人に会おう」
その言葉にオレは首を横に振る。
「会えない」
「会えるよ」
即座にそう言う百瀬。
「だって、どこにいるか分からないじゃないか。それに・・・オレが会いに行ったって迷惑にしかならない」
ただのワンナイトのオメガが、こんな大きなお腹をして会いに行ったって、何かを要求されると思われるだけだ。
「そんなの分からないよ」
なのにまだそんなことを言うから、オレは大きな声を出した。
「分かるだろ?ももだってアルファなんだからっ」
オレだって会いたいよ。
ずっと会いたかった。
だけど・・・だけど・・・。
「アルファがみんな、オメガをそんな風には思ってないよ。それにもしアルファを罠にかける気だったら、こんなにお腹が大きくなる前に訪ねてくるはずだろ?」
「分からないじゃないか。ただ単に見つけるのに時間がかかっただけかもしれない」
「そう言うオメガはそもそも逃げたりしない。それにちゃんと相手のことを把握しておくだろうし、万が一相手を見失って見つけられなかったら、子供は堕ろすよ」
確かにそうだ。
アルファを捕まえるために妊娠したのなら、その相手が見つからなければ子供をひとりで生むリスクなんて負わないだろう。
「大丈夫。オレも一緒に行くから。オレ、これでも結構強いアルファだよ。相手がどうしようもないクズだったら、オレがその場でやっつけてやるから」
そう言って百瀬はガッツポーズをする。
「だけどちぃが好きになる人だから、きっといい人だと思うよ」
そう言うと百瀬は立ち上がって、オレの手を取った。
「じゃあ、行こう」
「え?」
訳の分からないオレの手を引いて、百瀬が部屋を出ようとする。
「待って・・・行くってどこに?」
そのままドアを開けて出ていこうとするのを、オレは百瀬の手を引いて止めた。
「行けば分かるよ」
そう言って再びオレの手を引っ張るけれど、オレはそのまま動かず百瀬を見た。するとさすがに何も言わず無理やり連れていくのはどうかと思ったのか、百瀬はオレの手を引いたままベッドに引き返し、再びオレたちはベッドに座った。
「オレ、今日新しく担当になった会社にあいさつにいったんだ」
いきなり今日あったことを話し出す百瀬の話を、オレはとりあえず黙って聞くことにする。
「結構大きな会社でオレもちょっと緊張してたんだけど、案内された部屋に入るや否や、いきなり中の人がオレの前に突進してきたんだ」
百瀬はコンサルタントの会社で働いている。父の会社は兄が継ぐので、百瀬は自分の好きなことをしたいとやはり実家を隠して普通に就職した。そしていずれは独立する予定らしい。
「それでその人、オレの腕をつかんでこう言ったんだ。『オメガの兄弟か歳の近い親戚はいますか?』て」
その話にオレは百瀬を見る。
それって・・・?!
オレはきっとすごい顔をしていたんだろう。百瀬は笑ってオレの肩をぽんぽん叩いた。
「大丈夫だよ。ちゃんと『いません』て答えたから」
百瀬の話によると、百瀬が『オメガはいない』と答えるとその人はいきなりそんな質問をしたことを詫び、『実は人を探しているんです』と言ったと言う。けれどそれ以上は語らず、それからは普通だったらしい。だけど、百瀬はその担当の人が気になった。なぜなら、オレと百瀬の顔は瓜二つだからだ。
「すぐに分かったよ。その人、ちぃのことを訊いたんだって。でも、その人とちぃの関係が分からなかったし、なんでちぃのことを訊いたのかも分からなかった」
百瀬はそのままオレのことは話さず、その人との顔合わせを終えた。
最初のコメントを投稿しよう!