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「オレ、色々考えちゃってさ。その人が探しているのがちぃとして、その人はちぃの何なんだろう。本当にちぃのこと言わなくてよかったのかな。オレが勝手に決めてよかったのかな、て」
オレのことを尋ねた人はアルファだった。だから百瀬は、その人が子供に関係してる・・・つまり、子供の父親ではないか思ったと言う。だけど今までオレが一切その事に触れていなかったことから、なにか事情があると考えた。
「ちぃ、相手のこと何も言わなかっただろ?だからもしかしたらちぃはその人に会いたくないんじゃないかって。その・・・望まない関係とか・・・無理やり・・・とか・・・」
最後は言いにくそうに小さく呟いた。
確かにオレの態度から、きっとみんなそれを想像していたと思う。
「だからやっぱり、ちぃのこと言わなくてよかったと思ったんだ。ちぃに嫌な思いをさせたくないし。だけどそう思っても、ずっと気になって・・・」
百瀬は先週のオレのことが引っかかったのだと言う。もし、過去を忘れて新しい人との将来を考えてるのなら、要さんほどいい人はいない。実際要さんとの付き合いをオレが楽しんでいるのを知っていたから。なのに急に以前のように心に苦しみを抱え始めたオレに、百瀬はもやもやし始める。
「なんか頭がぐるぐるして仕事に集中できなくて、ミス連発しちゃってさ。本当は今日、上司に帰れって言われちゃったんだ」
そう言って百瀬は舌を出した。
外回りからの直帰ではなかったことを、百瀬は少し茶化して言ってくれるけど、そうさせてしまったのはオレのせいだ。
「ごめん、もも。オレのせいで怒られちゃったね」
「何言ってんの、ちぃのせいじゃいよ。オレがちゃんと頭を切り替えられなかっただけだから」
そう言って笑う百瀬は、いつもオレのことを庇ってくれる。生まれた時から一緒で顔も瓜二つだけど、第二性の違いからか、小さい時から体格が全然違っていた。元々二卵生だったこともあって初めからオレがオメガであると決めつけられていた訳では無いけど、身体が小さくて弱かったオレのことを、百瀬はいつも守ってくれた。
「じゃ、説明も終わったし行こうか」
そう言って再び立ち上がった百瀬は、オレの手も引いて立たせてくれるけど・・・。
「だけどもも、いまの話だとその人があの人とは限らないだろ?」
一息ついたおかげで少し冷静になったオレがそう言うと、百瀬がきょとんとする。
「え?なんで?その人に決まってるじゃん。オレのことを知らないちぃの知り合いで、ちぃを探すアルファなんて他にいないでしょ?」
確かに学生時代はいつも百瀬が一緒だったから百瀬のことを知らない人はいなかったし、実家を出てからはアルファにかなり警戒していて会社の人以外の知り合いはいない。
百瀬の言うことがもっともで黙ってしまったオレの手を、百瀬が嬉しそうに引っ張って歩く。
「それに、もし違う人だとしてもひとつ可能性が消えるだけで、また探せばいいだけでしょ?」
あっけらかんとそう言ってオレが危なくないように支えながら階段を下りると、キッチンにいるお手伝いさんに少し出てくると声をかける。
「今日車だから楽ちんだよ」
そう言ってオレを助手席に乗せると百瀬も運転席に座り、電話を一本かけた。その相手は今日初顔合わせをしたアルファ・・・今から会いに行く相手だ。なんて言うのかと思ったら、オレのことは伏せて今日伝え忘れたことがあるのだけど、もう時間も遅いのでお詫びに食事でもしながら話さないかと、相手を誘っている。
百瀬の言葉に時計を見ると、就業時間を少し過ぎていた。でも、だからって仕事が終わってるとは限らないし、仕事相手とはいえ今日初めて会った人の誘いに乗るだろうか?
そう思いながら見ていると、百瀬がこちらを見てにっこり笑った。
え?来るの?
オレだったら絶対にいかないけど・・・。
だけど本当に来るらしく、百瀬は時間と場所を相手に伝えている。
「来るって」
驚いて見ていたオレににこにこと笑ってそう言うと、百瀬はシートベルトをしてエンジンをかけた。
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