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そんな百瀬を見てオレもベルトをしようとしたけれど、大きすぎるお腹で上手くいかない。すると百瀬がオレのもしてくれた。
「ありがとう」
「いいよ。オレもいつか来るお嫁さんのための練習になるから」
にこにこのままそう言って、百瀬は車を出した。
いつも優しい百瀬。
こんなに優しいのだから、きっとお嫁さんが来るのもそう先じゃない。なんて思っているうちに、車は目的地に着いた。シティホテルだ。百瀬はここを待ち合わせの場所にしたのだ。
オレのことを相手に言っていないので、最初はロビーで百瀬だけと会い、その後上の部屋で待つオレのところに連れてきてもらう手筈となった。
「じゃあここで少しゆっくりしててね」
部屋まで送ってくれた百瀬はそう言うと、再び相手を待つためにロビーへと向かった。
そしてオレは、その後ろ姿を見送りベッドに座る。
今さらながら胸がどきどきする。
百瀬と話して落ち着いていた心臓が、また大きく脈打ち始める。
本当にあの人なのだろうか?
ずっと忘れようとして忘れられなかった、あのときのアルファ。
考えないようにしようと思っていても、無意識に思い出しては会いたいと願ってしまう。でもそれはいけないことだと、その思いに必死に気付かないふりをしたのに・・・。
箱に入れて鍵かけて、そして心の奥底に隠した思い。だけどここではもう、隠さなくてもいい。
百瀬と話したことで蓋が開いてしまった箱からは、今まで無理やり閉じ込めていた思いが一気に溢れ出した。それは自分でも思ってるよりも大きくて・・・。
このまま死んじゃいそう・・・。
心臓はありえないくらいばくばくしていて、息が苦しい。それに悲しくもないのになぜか涙が溢れてきて止まらない。
会いたいという気持ちが、オレの心の全てを支配する。
もう来ただろうか?
百瀬はなんて言ってここに連れてくるのかな?
早く会いたくて落ち着かない。
どうして今まで会わずにいられたのだろう。なぜこんなにも大きな思いを閉じ込めることができたのか。
待ってる間にどんどん気持ちが高ぶり、思いが暴走し始める。
やっぱり待ってられない。
そう思って立ち上がったその時、お腹の子がいきなり蹴りを入れた。
「いっ・・・たぁっ」
その不意打ちの、しかも思い切りの蹴りにオレは思わずお腹を抱えてベッドに倒れ込んだ。
最近は大きくなって身動きが取れないのか手足を少し動かすだけだったのに、今の一撃はまるでお腹の皮を突き破らんばかりの衝撃だった。
「・・・そんなに暴れるなら、早く出ておいで」
お腹の中が窮屈だったのかと、オレはお腹をぽんぽん叩いて中の子に話しかけた。
久しぶりの激しい動きに驚いたけど、お陰でオレは我に返ることが出来た。
少し落ち着こう。
いまオレが会いに行ったところで、相手はオレを歓迎しないかもしれない。百瀬にオレのことを訊いたのだって、もしかして何かトラブルが起こってオレに問い質したいことがあっただけで、オレに好意があった訳ではないかもしれない。いやその前に、果たしてその人が本当にあの時の人だとは限らないのだ。自信たっぷりの百瀬にオレもその気になってしまったけど、その人がアルファであること以外容姿については一切聞いていないのだから。
オレもアルファってだけしか言ってないし、そう思うとむしろ、あの人だと決めつける方がおかしいのではないだろうか?
そう思ったら、オレの心がすっと静かになった。
心臓はまだどきどきしてるけど、涙は止まり呼吸も戻った。
期待してはいけない。
期待したら、違った時の失望は大きなものになってしまう。百瀬はまた探せばいいと言うけれど、相手がアルファであること以外は分からず、しかも1年近くも前の話だ。そう簡単には見つからないだろう。
きっとこの子が生まれてくる方が早い。そうしたらオレは、子育てに追われて探すどころじゃなくなるだろう。だからやっぱり、もう二度とあの人には会えないかもしれい。
どきどきしていた胸が、ぎゅっと痛くなる。とその時、部屋のドアがガチャりと音を立てた。
百瀬が帰っきたのだ。
下で会ったアルファも連れてきたのだろうか?
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