1728人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
それは妊娠させてしまったことについての謝罪なのだろうけど、オレは別に謝られたい訳じゃない。むしろオレにとっては感謝したいくらい嬉しい出来事だ。だからもう頭をあげて欲しいと思っていると、百瀬もそう思ったのかその人の隣に片膝をついて肩に手をかけた。
「もういいです。何も言わずに逃げたのはこちらですし・・・」
そう言った百瀬の言葉を遮り、その人はいきなり頭を上げた。
「いいえ、よくありません」
そう強く言ったその人の目は潤み、顔を上げた拍子にぼろぼろと涙が流れ出した。
「全然良くないです。全て僕のせいです」
そう言ってさらに泣き出したその人に、百瀬が慌ててハンカチを差し出した。するとその人はそのハンカチを目に当て、涙を拭う。
「僕が・・・僕がちゃんと朝起きていれば、あなたは逃げることも無く、こんな一人で何もかも抱え込ませることはなかったんです」
そう言って膝をついたままオレのそばまで来ると、座っているオレの膝に手を置いた。そしてその茶色い潤んだ目でオレを見上げる。
「一人で辛かったですよね。妊娠を知った時も、生むことを決めた時も、あなたを一人にさせてしまってごめんなさい。僕が不甲斐ないばっかりに、あなたに大変な思いをさせてしまいました」
そしてオレの大きなお腹に顔を寄せ、その頬を当てる。
「一緒にこの子の成長を見たかったです。悪阻の看病をしたり、初めての胎動の感動を分ち合いたかった」
そう言って更に涙を流すその人を、オレは信じられない気持ちで見ていた。
ごめんなさいって・・・。
その人の『ごめんなさい』が、オレの思っている意味ではないと気づいて、オレはどうしたらいいか分からない。だけど、その人の思いが触れたお腹から直に伝わって、オレの心臓は痛いくらいに締め付けられる。
「でもこうして会えたから、まだ間に合いますよね?今まで一緒にいられなかった分、これからずっとそばにいます。嫌だって言われてもそばにいます。この子を・・・僕の子をなくしてしまわないでくれてありがとうございます」
まだ涙に濡れた目を細め、にっこり笑ったその人の顔が、オレの心を埋め尽くす。
そして、お腹の子に向けるとても優しい思いがオレにも伝わってくる。
「嫌じゃないの?」
たった一度会っただけのオレとの子なんて・・・。
「なぜですか?すごく嬉しいです。この子がちゃんとここにいてくれた。それだけで僕はすごく嬉しいです」
そう言ってお腹にキスをするその人の顔は本当に優しくて、オレの視界が涙で歪む。とその時、それまで黙って横で見ていた百瀬が口を開いた。
「あの・・・いい雰囲気を壊して申し訳無いのですが、確認してもいいですか?」
その声にその人はオレから離れ、百瀬を見る。
「はい」
「あなたが探していたのは、この人で間違いないですか?」
それは同時にオレにも訊いたようで、百瀬はオレにも視線を向ける。だからオレは小さく頷いた。
「そうです。この方で間違いありません」
その人もそう答え、またオレの方を向いた。
「探して探して・・・見つからなくて・・・それでも諦められなくて探し続けた人です」
真摯な眼差しがオレに向けられる。そのキレイな茶色い目は柔らかく細められ、口元には微笑みが浮かぶ。
「その探していた人のお腹に子供がいて・・・その・・・驚いたりはしませんでしたか?」
百瀬は言葉を選んでそう質問したけれど、その人はちゃんと意味が分かったようだ。
「困るとか、本当に僕の子供かと疑う気持ちはありません。さっきも言いましたが、僕はすごく嬉しいんです」
そう言うと、その人は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「・・・騙されてるとは思わないのですか?」
残念ながら、こうやってアルファを騙すオメガは少なからずいる。たとえ別のアルファの子でも、1度でも関係を持ったアルファをつかまえては番や結婚を迫ったり、それが叶わなくてもお金を要求したりするのだ。
「そうですね・・・。もしあの時、僕がお酒に酔っていたり発情して記憶を飛ばしていたりしたらそう思ったかもしれませんが、あの時の僕はお酒を飲んでいなかったし、発情もしていませんでした」
その落ち着いた口調の言葉に、オレは驚く。
最初のコメントを投稿しよう!