自立したいオメガと二人のアルファ

39/71
1727人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
気を張らなくてもいい。 自分の全てを・・・弱さをさらけ出しても、その人がオレを守ってくれるから。 それを本能が感じ取り、張っていた気を緩めた。たとえその人がそばにいなくても、その人の子がお腹にいることで、同じようにオレを守ってくれていると無意識に認識したんだ。 だからオレは、こんなにも穏やかに落ち着いていられる。 「ちぃは安心できる人に出会って、ようやく本当のちぃになれたんだ。頑張らなくても、無条件でちぃを守ってくれる。・・・そうですよね?ちぃのこと、守ってくれるんですよね?」 最後はその人に向けた言葉に、それまでオレたちを見ていたその人ははっとして背筋を伸ばす。そしてすぐに頷いた。 「もちろんです。僕は二度とちぃさんのそばから離れません。そしてちぃさんと子供を守ります」 淀みのないはっきりとした声でそう答えると、その人は眩しいくらいの笑顔を見せた。その笑顔と思いがオレの心を満たし、これ以上ないくらい心を温かくする。 「・・・千歳」 オレはぼやけてくる視界の中で、微笑むその人に言った。 「オレの名前は水沢千歳。ちぃはもも・・・百瀬だけが呼ぶオレの愛称だよ」 オレの名前、ちゃんと呼んで欲しい。そう思って言った言葉に、その人の顔がぱっと明るくなる。 「僕は朝比奈(あさひな)さくらです、千歳さん」 その人は全開の笑顔でそう言い、最後にオレの名を呼んだ。その事がオレの胸をいっぱいにする。 「さくら?」 「そうです。字はそのまんまあの桜です」 その言葉に、つい先週桜を見に行って子供の名前に『桜』もいいかと思ったのを思い出す。 あの時は隣に要さんがいた。 つきんと胸が痛む。 「姉が二人いるのですが二人とも花の名前で、三人目は桜の季節だからと生まれる前から決めていたそうです。なのに男の子で不似合いかと思ったらしいのですが、母がきっとオメガだろうから男の子でも大丈夫って。僕、低体重で生まれたんで、アルファじゃないと思ったらしいんです」 桜の両親はアルファ×オメガで、生まれるのはアルファかオメガであることが多い。なので完璧な肉体を持つことの多いアルファが低体重であるわけが無いと、桜の母はオメガだと思ったのだと言う。 「でも結果はアルファで見事にはずれだったんです。考えてみたらオレ、月足らずで生まれたんで、低体重で当たり前だったんですけど、みんなその事を失念してたらしくって」 そう言って笑う桜。けれどすぐにその笑顔を引っ込める。 「それで、あの・・・さっきの話ですが・・・」 そう言ってオレの目を見る。 「もしかして今、千歳さんはお付き合いしてる人がいるんですか?」 真剣な表情の桜はじっとオレの目を見る。 さっきの百瀬とのやり取りで気づいたのだろう。 なんでもかんでも知らせる必要は無いと思う。ましてオレたちは、ようやく今始まったばかりなのだから。余計なことを言って話をこじらせなくてもいい。 そう思う反面、桜のことが大事過ぎて、この人に隠し事をしたくない気持ちもある。それに、きっと桜だって嘘はついて欲しくないだろう。 だからオレは、本当の事を言うことにした。 「オレを・・・好きだと言ってくれる人がいるんだ。だけどオレの心にはずっと桜くんがいたから、そういう風には付き合えなくて、今は友達としての付き合いをしてくれている」 そしてその関係を、ここに来る前は進めようとしていた。 「その人はきっと、すごくいい人なんでしょうね」 オレの言葉にそう言うと、桜は眉根を寄せる。 「僕がそばにいない間、きっとその人が千歳さんのそばにいて支えてくれてたんですね。そして千歳さんも、その人に心を許していた」 口元に笑みを乗せながら、けれど眉間の皺も僅かに残る。 「僕、千歳さんを苦しめてますよね。今日僕がここに来なければ、きっと千歳さんはその人のことを受け入れて生まれてくるこの子と家族になったんでしょう。なのに今さら僕が来たから、優しい千歳さんを苦しめてしまった」 口元の笑みはそのままなのに細めた目はどんどん潤み、涙が溜まっていく。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!