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「さっきはそばにいると言いましたけど、僕のことは忘れてください。僕はこれ以上、千歳さんを苦しめたくないです。だからあなたを好きでいてくれるその人と、このまま一緒になってください」
どんなに忘れようとしても心は桜を求め、優しい要さんに申し訳ないと思いながらもオレは桜を選ぶ決意をしたというのに、どうして今になってそんなことを言うのか。
嫌だ。
忘れたくない。
もう二度と、離れたくない。
桜を思う気持ちがどんどん沸き上がり、オレの心を覆い尽くす。
今さらこの気持ちを忘れることなど出来ない。そもそもそれが出来なかったから、箱に入れて心の奥深くに沈めたのだ。なのにその箱が開いて思いが溢れ出したというのに、そんなこと出来るわけが無い。
そう思って口を開きかけたその時、桜の目から涙が溢れ出した。
「・・・と言えたらよかったのですが、僕にはそんなこと言えません。千歳さんがどんなに苦しもうと、相手の人を悲しませようと、僕はもうあなたを離すことが出来ないんです。その人がどれだけあなたを好きで、あなたの支えになっていても、僕はあなたを渡したくありません。あなたがその人を思って苦しんでも、僕は僕の思いを諦められない。無様に泣いてすがって、あなたにお願いするしかないです」
ぼろぼろと流れる涙をそのままに、桜がオレを見る。
「お願いです。僕のそばにいてください。他の人のところには行かないでください」
その言葉に、オレは桜を抱きしめた。
「行かない。オレは桜くんがいい。桜くんのそばにいたいんだ。だから桜くんが嫌だって言ってもオレは桜くんのそばにいる」
だからそんなに泣かなくていい。
そう思って強く抱きしめると、桜は目を見開いた。
「千歳さん・・・」
「桜くんは余計なことを考えなくていいから。オレのそばにいたいんだろ?だったら黙ってそばにいればいい」
そう言うと、桜の腕が遠慮がちに背中に回る。
「・・・ずっといます。そばにいます。離れません」
声は涙声で鼻水をずずっと啜りながらだけど、桜からは強い決意の思いが流れてくる。だからオレは、そんな桜の背中を撫でた。
「オレは桜くんと一緒になりたい。だけど、これまでそばにいてくれた人がいるのも事実。だからオレは、その人と話をしなければならない。桜くん、それまで待っててくれる?」
要さんとちゃんと話をして、そして要さんを選べなかったことを伝えてこなければならない。
「もちろん待ちます。だけど、千歳さんは大丈夫ですか?」
心配そうにそういう桜は、オレから身体を離して言った。
「これは、オレが自分でしないといけないことだから、ちゃんと話してくる」
大丈夫じゃないかもしれないけど、しなければならないこと。
「・・・分かりました。でも辛かったら言ってください。僕には何も出来ないけど、千歳さんの気持ちが落ち着くまでいくらでもそばで話を聞きますから」
「ありがとう」
泣いたために目元が赤くなった目を細め、桜が微笑む。そんな桜に、オレの口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「よかった」
ようやく落ち着いたオレたちを横で見ていた百瀬が、ほっとしたように呟いた。
「朝比奈さんがちぃを諦めるみたいなことを言った時はどうしようかと思いましたよ。せっかくちぃがやっと自分の幸せを考えてくれたというのに、なんで余計なことを言うんだって内心焦りました」
そう言うと百瀬はオレと桜を見た。
「一時はどうなるかと思ったけど、二人が結ばれて良かった。朝比奈さん、ちぃとちびちゃんをよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた百瀬に、桜も慌てて頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
その姿に、オレも頭を下げた。
「桜くん、これからも末永くよろしく」
そんな三人がなんだかおかしくてオレが笑ってしまうと、同じタイミングで百瀬も笑い、それを見て桜が目を瞬かせる。
「「オレたち双子なんだ」」
そう言えば双子だってまだ言ってなかったと思って言った言葉もシンクロしてしまい、桜はさらに瞬きを繰り返す。
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